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2023年5月24日(水)

《ぴあ×チャンネルNECO》強力コラボ 【やっぱりNECOが好き!】更新しました!

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第149弾!!
“品質保証”の藤井道人&沖田臥竜による、傑作クライムサスペンス

SNSの発達であらゆる出来事に対してスピード感が求められるようになった。とはいえ、映画「新聞記者」(’19)で映画賞を総なめにした藤井道人監督の仕事ぶりは驚異的だ。映画「ヤクザと家族 The Family」(’21)、「余命10年」(’22)、現在公開している作品では「ヴィレッジ」、悪徳刑事が窮地に追い込まれるさまを描いた岡田准一主演の「最後まで行く」と、多くの監督作を世に放っている。それだけにとどまらず、監督・総合演出・脚本の「アバランチ」(’21)、企画プロデュースの「ムショぼけ」(’21)などの連続ドラマに加え、配信ドラマ版「新聞記者」(’22)にアニメ「攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争」(’21)の監督まで、ジャンルや媒体の垣根も越えて、八面六臂(ろっぴ)の活躍をしている。

この強靭(きょうじん)な母体を支えているのが、学生時代の友人と共同創業した映像製作会社「BABEL LABEL」。ソフトウェア企業の大手、株式会社サイバーエージェントの連結子会社という盤石な船に乗りながら映像作品の企画開発から行い、オリジナルかつ野心的な作品に挑んでいる。その所属メンバーである曽根隼人、林田浩川、逢坂元が監督として参加し、藤井が総監督を務めたのが、今回紹介するドラマ「インフォーマ」だ。あらゆる情報に精通するインフォーマ=情報屋の木原慶次郎(桐谷健太)と、特ダネ狙いで彼に密着することになった週刊誌記者・三島寛治(佐野玲於【GENERATIONS】)が、政界・警察・ヤクザ・裏社会の住人たちにもまれながら、世間を震撼(しんかん)させた連続殺人事件の謎を追う。

原作は、元アウトローの作家・沖田臥竜による同名小説。沖田は映画「ヤクザと家族 The Family」(’21)に監修として参加したのをきっかけに藤井監督と出会い、実体験を基にした受刑者の社会復帰の難しさをユーモアを交えてつづった小説「ムショぼけ」を執筆して、同年、北村有起哉主演でドラマに。本作が藤井監督との3本目のタッグとなる。

関西テレビ系で放映された際には、深夜枠とはいえ残忍な殺人や非情な暴力シーンに「ここまで放送していいの⁉︎」と視聴者の方がドギマギしたものだが、本作の見せ場はそこだけではない。裏社会に精通する沖田ならではの、同じ穴のムジナの連中が情報に振り回され右往左往する、駆け引きの妙。徐々に明かされていく因縁も相まって、先の読めないスリリングなストーリー展開で視聴者を連続ドラマの深みに陥れる。

切った張ったの往年のアウトロー作品のにおいを残しつつ、新たな時代の到来を感じさせるキャストが新鮮だ。中でも依頼人のために自ら手を汚すことも厭わない冷酷な冴木役の森田剛。森田といえば、バリバリのアイドル時代に吉田恵輔監督「ヒメアノ~ル」(’16)でサイコキラーを演じて新境地を開いたが、年齢を重ねすごみを増したそのワルぶりに魅了されるに違いない。さらに藤井作品の常連・横浜流星や藤井陽人らが、他の出演作とはひと味違うはじけっぷりを見せているのも注目だ。

ちなみに本作で週刊誌の編集長を演じている女優MEGUMIが、「BABEL LABEL」にプロデューサーとして今春より所属したことが発表された。日本のエンタメ界に新風を巻き起こしてくれそうなこの藤井軍団の力強さと言ったら! 期待しかないのだ。


中山治美(ライター)

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ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第148弾!!
むき出しの感情が見事に宿った、上西雄大映画のエッセンス

今、上西雄大(うえにし・ゆうだい)という男が日本映画界の新スターになりつつある。

大阪で劇団を主宰しているが全国区的な知名度はほぼなかったに等しい上西が、初めて大きく注目されたきっかけは、主演・監督・脚本・プロデュースを務めて’19年に完成させ、’20年に公開した映画「ひとくず」のロングランヒットだ。
勢いに乗るように「ねばぎば 新世界」(’21)と「西成ゴローの四億円」「西成ゴローの四億円-死闘篇-」(共に’22)二部作が、やはり主演・監督・脚本・プロデュースで立て続けに作られ、一気にファンを増やした。
その後も監督作が順調に作られ、劇場公開されている中、5月の映画・チャンネルNECOでは、上西雄大のブレークを決定付けた上記の4本がまとめて放送される。ぜひチェックしていただきたい。

かつて、なかなか売れない俳優だったシルヴェスター・スタローンは、無名のボクサーが主人公の脚本を自ら書いてスタジオに売り込んだ。
かつて、アングラ劇団の俳優だった金子正次は、主演と脚本を兼ねたやくざ映画を仲間と自主製作してメジャーの配給を取り付けた。
上西雄大の出世作「ひとくず」には、「ロッキー」(’76)と「竜二」(’83)の誕生伝説をほうふつとさせるところがある。
チャンスが来るのを待つより打開する方を選ぶインディペンデント精神。どん詰まりの境遇から突破口を求める男を自ら演じる、役と現実の境を越えたリアリティー。そして、自らの想念のままに描いたキャラクターを存分に体現したことで鮮烈になる、俳優としての輝き。

スタローンや金子正次の場合とそっくり同じではないにせよ、上西雄大も「ひとくず」を撮るに至るまで紆余(うよ)曲折の人生を歩んできた。
出身地の大阪でさまざまな職業を経て焼肉屋を経営していたが、40歳を過ぎた頃にひょんなことから芝居の道へ。自分の劇団を立ち上げ、映画製作も始めた。
頼れるのは自分のみ。むき出しの、ヒリヒリしたものが「ひとくず」には宿り、他の映画にはなかなかないタイプの熱を発している。

では「ひとくず」が具体的にどんな映画かというと、児童虐待の実情を描いた、かなり重い内容だ。

犯罪を繰り返して生きてきた孤独な男が、窓ガラスを割って空き巣に忍び込んだ部屋で少女と出会う。
少女は、外から鍵をかけられ腹をすかせていた。男はすぐに少女が放置されていると察する。同じ経験を少年時代に味わっているからだ。母親と愛人が戻ってきて、愛人はまた少女をいたぶろうとする。男は激昂(げきこう)し、愛人を殺す。愛人の言いなりになり、娘がいじめられるままにしてきた母親にも手をかけようとする——。

目を背けたくなるような描写が、しばらくは続く。そこをぼかしたら、あえてこの題材を映画にした意味がなくなると腹を据えている。だからこそ後半の、とことん傷ついてきた3人が寄り添い合い、なんとか生き直すことができないか模索する展開が染みる。
愛されたことがなくて、愛してほしいし、愛してあげたくても、どう愛していいかわからない。かける言葉はののしり合いになってしまう。そんな不器用なさまが観客の心にストレートに響いたから、上映がロングランになり、リピーターが続出した。

上西自身、映画ログプラスというウェブサイトのインタビュー(’20年3月)で、児童虐待の問題を啓蒙したくて「ひとくず」を作ったわけではない、と語っている。

「虐待の中にある人間の心を描いて、そこから救いの場にいって、むしろ温かい気持ちになってもらいたいと思って作った映画なんです」

ただ、上西はそのハートを描くために、児童相談所に勤務する児童精神科医師に取材している。虐待してしまう者の心理についても思いをはせ、よく考えて人物像を作っているから、ドラマに厚みが出ている。

ここから少し、僕の見聞した話を。
もう20年近く前、児童虐待について取材を続けているジャーナリストと医師の話を聞く勉強会に参加したことがある。
本名を伏せた虐待のケース報告が続くほどに参加者の表情がどんどん沈んでいく、実にしんどい会だったのだが、その重苦しさが臨界点に達した時があった。ある雪国でのケースが話されている時だった。
パチンコに負けてムシャクシャしていた男が恋人の連れ子を「しつけ」と称して裸にし、首から下を雪の中に埋めた。半日そのままにされたその男の子は、全身凍傷になって病院に運ばれ、初めて虐待が発覚した。その時、母親はどうしていたか。裸のまま雪に埋められ、首だけを出している息子の横でピースサインをしている写真が、警察が押収した携帯の中に保存されていた。

ここまで聞いた時、参加者の少なからずが、もう耐えられないという状態になり、報告は中断せざるを得なくなった。
「人間としても母親としても許せない」「母親なら自分の息子が残酷な目にあっているのに、そんなまねはできないはず」…そういった言葉があちこちから出た。しかし、ジャーナリストと医師に、その母親を冷血鬼として紹介するつもりはなかった。
男の暴力に支配される状態だと母親であっても助けられず、何もできなくなってしまう心理について話を進めようとしていた。裸の子どもを雪に埋めて面白がるような男に、一緒に写るよう命じられ、脊髄反射的にピースサインが出た。そこまで魂を抑え付けられ、感情を失くしていたことこそが悲劇ではないかと。だが参加者の何人かの怒りは、ピースサインをした母親に向いたままになってしまい、なんとも後味の悪い雰囲気で勉強会は終った。

「ひとくず」を見て、特に鮮明に思い出したのがこの時のことだ。自分も親に虐待を受けてきたから、子どもの愛し方、守り方が分からない。そういう親も被害者で、連鎖してしまう。こういう認識は、僕が勉強会に参加した約20年前と比べたらずいぶん進んでいるとは思う。
それでも「ひとくず」が、娘をうまく愛せない母親の悲しみをヴィヴィッドに描き、誰でも理解を寄せられるようにしてくれている意味はとても大きい。

そんな母娘と出会うことによって、それこそ暴力の塊のような、誰に対しても警戒して敵意むき出しだった主人公の男は少しずつ変わっていく。

ここから書き加えておきたいのは、上西雄大の根っからの映画センスだ。
「ひとくず」の主人公は空き巣で生活し、その違法な収入のほとんどを酒とギャンブルに使っている、クズと呼ばれてもしかたない男。だが、小さな女の子だけはガラス細工のように大事に扱う。女の子と母親を屈服させる者たちは腕力で容赦なく倒し、母娘を助ける。
こうした人物の魅力は、昔のヨーロッパの騎士道精神の物語までさかのぼれるもので、映画ではおよそ100年前のアメリカの西部劇が〈Good Bad-Man〉と呼ばれるヒーロー像として発展させたようだった。

〈Good Bad-Man〉=善良な魂を持った無法者。社会のどこにも属せないような男だからこそ、超法規的な自分のルールで戦える。自分に無垢(むく)な笑顔を向けてくれた、それだけの理由で命を懸けて守る行動に出られる。映画では、そういう男こそが抜群に魅力的になる。

上西雄大は活劇のキモを、アクションと人情はセットであることをよく知っている。
「ひとくず」とは一転してカラッとした笑いと活気に満ちた「ねばぎば 新世界」も、諜報(ちょうほう)機関や細菌兵器などが出てくるスケールの大きな世界観の中aで組織と戦う「西成ゴローの四億円」二部作も、主人公を動かし、駆り立てるのが情であることでは見事に一貫しているのだ。
そうした作風において、「ねばぎば 新世界」では赤井英和とのW主演、「西成ゴローの四億円」二部作では津田寛治らの共演と、豪華キャスト陣の出演によって上西ワールドがより進化している点も見逃せない。

上西雄大映画のエッセンスに触れるためにも、まずは、原点となった「ひとくず」から見てほしい。5月に放送されるのは、劇場公開版よりも場面が多い、新ディレクターズカットだ。
きっと、真っすぐに伝わるものがある。


若木康輔(ライター)

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2023.3.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第147弾!!
急転直下型のクライムサスペンスコミック、ついにアニメ化!

娘よ、君の彼氏を殺しました――。
’17年より「週刊ヤングマガジン」(講談社)で連載されている人気コミック「マイホームヒーロー」(山川直輝・作、朝基まさし・画)が、満を持してアニメ化を果たした。電子書籍を含む単行本の累計発行部数が275万部を超える人気作品である。

主人公の鳥栖哲雄は、真っ当に生きてきた47歳の文学中年。とにかく女子大生の娘・零花を溺愛している。そんな、どこにでもいるごく普通のお父さんだが、零花が半グレの彼氏・延人の企てる恐ろしい計画犯罪に巻き込まれたことをきっかけに、事態は坂を転げ落ちるように悪化していく。
結果的に、哲雄は延人を殺害してしまう。すぐさま鳥栖家に半グレたちの魔の手が近づくが、腕っぷしの強さではけんかのプロにかなわない。
しかし、哲雄には一つだけ武器があった。それは、趣味で執筆している推理小説。古今東西のミステリを読みあさり、さまざまな犯罪のトリックを考察することを日常としてきた哲雄は、その有り余る知識を駆使して絶体絶命のピンチを首の皮一枚ですり抜けていく――。

“家族を守る”という大義名分があるにせよ、犯罪者となった自分に葛藤する哲雄。苦悩しながらも修羅場を潜り抜けるたびに度胸が据わっていき、顔つきまで変わっていく1人の男の姿にゾクゾクさせられる。
一方、顔色一つ変えずに夫の犯行をサポートする妻・歌仙の存在も非常にユニーク。ミステリアスな彼女こそが物語のキーパーソンであり、予想のナナメ上を行く言動や行動に翻弄(ほんろう)&仰天させられること請け合いだ。

気を抜いた瞬間に奈落の底。そんなハラドキ満載のハードなクライムサスペンスだが、哲雄はお茶目な一面のあるキャラクターでもあり、随所にホッとできるシーンも挿入されているので、作品全体から受ける印象はさほど重くない。その緩急もまた、クセになる要因の一つ。
監督を務める亀井隆は、実写化向きの作品をどうアニメ化したらいいのか当初は戸惑ったと吐露するが、世界観をきっちりと昇華し、見る者を戦慄(せんりつ)のジェットコースターへと誘(いざな)ってくれる。
気になる声優陣は哲雄役を諏訪部順一が、歌仙役を大原さやかが演じる他、伊東健人、三木眞一郎、山寺宏一、大久保瑠美、大塚明夫といった実力派がズラリと顔をそろえた。

果たして哲雄は無事、家族を守りきることができるのか?
映画・チャンネルNECOではCS最速でオンエアされる。一度乗車したら途中下車は不可能だ。一進一退の凄絶(せいぜつ)な頭脳戦をご堪能あれ!


奈良崎コロスケ(ライター)

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2023.2.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第146弾!!
見る者を魅了する、芦川いづみの魅力

清純可憐(かれん)な女優として、’68年に引退してからも人気が高い芦川いづみ。’53年に松竹から川島雄三監督の「東京マダムと大阪夫人」で映画デビューした彼女は、’55年に川島監督の推薦もあって日活に移籍し、石原裕次郎の相手役として青春映画に数多く出演。中平康、熊井啓など、作家性の強い監督たちにもかわいがられた。その代表作には共通項があって、川島監督の「風船」(’56)や文芸作「佳人」(’58)で彼女が演じたのは小児まひにかかった少女、「陽のあたる坂道」(’58)でも足の悪い娘役。何かハンディーキャップを背負っていても、明るく誠実に生きる女性が彼女にはよく似合った。そんな芦川いづみに心ときめかせたのが、若き日の宮﨑駿監督である。宮﨑映画のヒロインは、芦川いづみが演じた女性のイメージが原点だ。初期作品に出てくる元気で行動的な少女から、「風立ちぬ」(’13)の結核に侵された菜穂子まで、宮﨑映画のヒロインは芦川いづみと重なる部分が多い。

彼女のデビュー70周年特集の1本として放送される「結婚相談」(’65)は、そんな芦川いづみが清純派のイメージから脱して、コールガール役に挑んだ意欲作。彼女が演じたのは30歳のOL・島子で、美人だが婚期を逃している。結婚相談所の扉を叩いた彼女は所長・戸野辺(沢村貞子)の紹介で見合いをするがうまくいかず、3度目の見合いで初老の男・日高(松下達夫)が結婚の口約束をしたので、彼に処女をささげる。だが、実は戸野辺の相談所はコールガールの斡旋(あっせん)所で、島子は巧妙なわなにかかり、この組織から抜け出せなくなる。

女性の転落劇なのだが、そこは監督が鬼才・中平康だけに普通の展開にはならない。戸野辺が島子を組織に引き込んでいくところは、脅しを交えた戸野辺役の沢村が不気味でサスペンス調。だが島子がコールガールをやると決めて開き直ってからは、逆に戸野辺を利用しようとする感じもあって、コメディー・タッチに変調する。また島子が旧知の高林(高橋昌也)と再会すると、彼をいちずに思うラブロマンスものになるというように、作品のトーンがどんどん変化していくのが面白い。

高林がモータボートを暴走させて、島子と一緒に死のうとする場面は、フランソワ・トリュフォー監督も認めた中平の監督デビュー作「狂った果実」(’56)を思わせるし、精神を患った名家の青年とコールガールとして島子が一夜を共にする場面には、この前年に中平監督が作った「猟人日記」(’64)や「砂の上の植物群」(’64)、「おんなの渦と淵と流れ」(’64)にも通じる、ゆがんだ性愛映画の要素も入っていて、近年上映会が開催されるなど、再評価されている中平康ファンにも見逃せない人間ドラマになっている。

当時島子と同じ30歳だった芦川いづみが、多面的な女性の顔を巧みに表現して好演。また雨の降るガラス越しに見せる彼女のラブシーンは、清純可憐な印象のある彼女にしては体当たりの演技だったと言えるだろう。

今回のチャンネルNECOの特集では、他に中平康監督と組んだサスペンスの傑作「その壁を砕け」(’59)と、渡哲也と共演したリメイク版の「嵐を呼ぶ男」(’66)も放送。

またデビュー70周年を記念して、彼女が川地民夫と共演した青春映画「知と愛の出発」(’58)が、公開以来となるカラー復元版でDVDリリースされた他、東京の神保町シアターでは、本カラー復元版の劇場初上映をはじめ、日活入社第1作「青春怪談」(’55)から代表作「硝子のジョニー 野獣のように見えて」(’62)まで、出演作20本が上映される。時を超えて見る者を引きつける芦川いづみの魅力に、この機会に多くの人に触れていただきたい。

◆芦川いづみ出演作『知と愛の出発』[カラー復元版]
https://www.nikkatsu.com/package/HPBN-395.html

◆神保町シアター「デビュー70周年記念 恋する女優 芦川いづみ」
https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/ashikawa5.html

◆日活スタッフコラム「フォーカス」vol.22「デビュー70周年の芦川いづみさんにフォーカス!」
https://www.nikkatsu.com/focus/vol22.html


金澤誠(ライター)

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2023.1.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第145弾!!
空間を巧みに使った、迫力のバトルシーンに驚嘆

新しいクリエイターの登場や国を挙げての人材育成によって、近年、良作がどんどん生み出されている中国アニメ。日本でもハイクオリティーな作品がU局やBS・CS放送などで続々と放送され、反響を呼んでいる。例えば、新海誠監督の熱心なファンとしても知られる李豪凌(リ・ハオリン)監督の作品。オムニバス映画「詩季織々」で総監督とともに3編目の「上海恋」の監督を務め、美麗な画面作りと繊細な心理描写が話題となった彼は、これに続き「時光代理人 -LINK CLICK-」を制作。写真と記憶を巡るヒューマニティーに満ちた物語を描き出し、日本を含む世界中で高評価を受けた。さらに人気BL小説を原作にした監督作「天官賜福」も国内で放送され、こちらは女性ファンを中心に注目を集めた。

今回紹介する「羅小黒戦記」(「ロシャオヘイセンキ」と読む)で原作・監督、そして彭可欣、風息神涙らと共に脚本を務めたMTJJ(木頭)も、今注目のクリエイターの一人だ。ほぼ個人制作で‘11年からWEBアニメシリーズ全28話が発表され、中国配信サイトにて2.3億回再生を記録。その勢いを受けて’19年に劇場版を制作し、こちらも興行収入約49億円の大ヒットとなった。日本ではまず字幕版が’19年に、そして吹替版が’20年に公開。声優には花澤香菜、宮野真守、櫻井孝宏など一線級の声優から、大塚芳忠、チョーらベテラン勢までが参加。おなじみの声優陣の声によって、キャラクターやストーリーがスッと頭に入ってくるのがありがたい。

この作品の核となるのは、深いテーマ性を含んだストーリー。物語の舞台となるのは、人間と妖精が共に生きる世界。とはいっても、妖精は人間がいない場所でひっそりと暮らしていたり、街中で人間に姿を変えて、正体を隠して暮らしたりしている。

主人公のシャオヘイは、静かな森で暮らしていた黒ネコの妖精。しかし、人間の開発の手によってすみかを失い、妖精のフーシー、人間のムゲンと出会うことになる。人間を憎むフーシーはシャオヘイを仲間に引き込もうとするが、ムゲンによってそれを阻まれ、シャオヘイはムゲンに捕まるような形で二人旅をすることに。この旅の中で妖精と人間についていろいろなことを学び、自らの生きる道を決めていくのだ。つまり、「種の共存は可能か」というのがこの作品の大テーマ。それぞれのキャラクターの心情は、複雑な世界情勢の中で生きる私たち現代人のそれにつながり、深く考えさせられる。

そんなシリアスなテーマを抱きつつも、キャラクターデザインはポップで愛嬌(あいきょう)満点だから、引き込まれやすい。シャオヘイが黒ネコになった姿は、大きくてつぶらな目が特徴的。人間の姿になると幼さの残る男の子になり、ネコ耳が残るのが、これまたかわいい。一方、ムゲンとフーシーはキリリとした現代風のイケメンキャラ。他にも中国古来のデザインを交え、魅力的な妖精たちが多数登場する。

そして本作最大の持ち味と言っていいのが、迫力のバトルシーンだ。とにかくキャラクターが動く動く! 例えばムゲンが初めてシャオヘイの前に現れる序盤では、人間ながら飛行術を身に付けている彼が、妖精たちを相手に縦横無尽のバトルを展開。カット割りやカメラアングルが巧みで、画面の奥行きを感じさせる三次元的な動きに思わず息をのむ。中国伝統の拳法のスピリットが入りこんでいるような熱いバトルは、この後、全編を通して繰り広げられることに。

エンターテインメントとしてのあらゆる魅力が詰まった本作。ぜひ、日本が誇る声優陣の演技とともに見てほしい。


鈴木隆詩(ライター)

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2023.1.10

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第144弾!!
多様化する“家族”のカタチを示す、同性カップルの日常系ドラマ

「おっさんずラブ」のヒットが追い風となって今注目されている、男性同士の恋愛を描く“BL(ボーイズラブ)ドラマ”。その多くが、キラキラした若いイケメンたちの出会いと恋愛成就までのドキドキのプロセスを見せて人気を得ている中、それとはまた違った魅力で多くのファンの心をつかみ、劇場版まで公開された話題作が「きのう何食べた?」だ。

よしながふみによる原作は青年漫画誌連載のコミックで、主人公カップルはどちらも成熟した魅力が漂う中年男性。多忙な弁護士だがプライベート優先で節約しながら毎日手料理を振る舞うシロさんと、それをおいしそうに食べる感情豊かな美容師ケンジ、すでに付き合いの長い2人の同居生活が毎日の食卓を通して描かれる物語は、いたって落ち着いていて、そこには心地よい時間が流れている。

これを演じるのはイイ感じに歳を重ねているイケオジ2人で、西島秀俊が真面目で堅実、意外と照れ屋なところがかわいいシロさんを、内野聖陽が人懐っこくて繊細、いざとなると頼もしいケンジを演じるというオツなキャスティング。西島はその後「ドライブ・マイ・カー」で国際的な評価を獲得し、新進気鋭の米制作スタジオA24が手掛けるApple Originalの新作ダークコメディー「Sunny(原題)」への出演が決まり、内野は本作で複数のアワードを受賞後、紫綬褒章を授与されたのも記憶に新しいところ。まさに2人にとってこのシリーズは、名優の域へと達する転機となった作品と言えるだろう。

ドラマは2人の日常生活にほのぼのしつつ、彼らが同性カップルであるがゆえに生じる生きづらさを乗り越えていく姿にほろりとさせられたが、それに続く劇場版でもコミカルな味にピリッと辛味を利かせたエピソードが展開。相手が挙動不審だと、別れ話よりも病気を疑ってしまう中年ならではの悲しき思考や、いつもは冷静なシロさんがケンジと若い同僚・田渕くん(SixTONESの松村北斗が快演!)の仲を誤解して焼きもちを焼くのには、くすっと笑ってしまう。一方で、シロさんがケンジを息子の伴侶として認めてくれたはずの母親(存在感抜群の梶芽衣子)の本音に戸惑い、傷つくケンジとの間で板挟みになる姿にはしんみりしたり、やきもきさせられたりする。

その中で、ケンジがシロさんに“2人だけで生きてるわけじゃない”と言うのにハッとさせられる。同性カップルが2人だけの恋愛世界ではなく“家族”として社会の中で生きていくとはどういうことか。その答えを探す彼らを通して多様化する“家族”のカタチを示すのが本作の変わらないテーマ。だからこそ、シロさんとケンジという“家族”がごく当たり前に社会の風景に溶け込む、そんなシーンがさりげなく描かれることに尊さを感じてしまうのだ。

もちろん、そうしたテーマにおいて目にもおいしい料理が重要な役割を果たしていることは言うまでもない。劇場版ではシロさんが作るぶり大根にネギみそを挟んだ厚揚げを添えるおうち和食、麺つゆとケチャップのソースを絡める母親直伝の肉団子を、ケンジが“我が家の味”として堪能し、シロさんが初挑戦するおせち料理が2人の絆を象徴するメニューとなるのにほっこりさせられる。

さらに、京都旅行に出かけたシロさんとケンジが老舗の鶏入りカレーうどんに舌鼓を打つ外食シーンや、セレブな友人・小日向さん(程よい色気の山本耕史)が持ち込んだお高い食材で、近所の仲良し主婦・富永さん(ほんわか明るい田中美佐子)がぜいたく料理を仕上げるシーンも劇場版のお楽しみ。彼女が作る高級牛のローストビーフとキンキのアクアパッツアはシロさんの節約メニューとは好対照。小日向さんが首ったけのワガママな年下恋人ジルベールこと航くん(磯村勇斗の当たり役!)も思わず箸が進み、料理が自然と人と人との関係を結んでいくことになる。

今回、映画・チャンネルNECOでは劇場版の初放送に合わせて、全12話のドラマ「きのう何食べた?」と正月特番ドラマの「きのう何食べた? 正月スペシャル2020」も一挙オンエア。愛すべきおじさんカップルに萌えるもよし、レシピのチェックをするもよし、普遍的なホームドラマとして楽しむもよし。最後にはほっと心が温まる爽やかな後味が待っている。


小酒真由子(ライター)

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2022.11.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第143弾!!
日本人の舌におもねらない、本場の味を堪能するニュータイプ・グルメドラマ

オリジナリティーの強い…というよりも、非常にクセの強いグルメドラマを世に放ち続けてきた映画・チャンネルNECOが、またまた変化球勝負を挑んできた。その名も「スパイめし〜異国グルメ潜入記〜」。舞台となるのは近年増えてきた外国人街。日本人の舌におもねらない本場の味に特化したニュータイプのグルメドラマだ。

タイトルの“スパイ”とは公安捜査官のこと。主演を務めるのは登坂淳一。そう、白髪がトレードマークの元NHKアナウンサーである。変化球どころか暴投気味の起用に見えるが、これが“ずっぱまり!”で驚かされた。登坂が演じるのは機密情報が入った赤い鞄を追って、さまざまな外国人街に潜入する木島誠司(通称・キマジ)。この役、通常のグルメドラマの主人公に比べて膨大なせりふ量を誇っている。なぜこんな場所に外国人コミュニティーが作られたのか? 彼らがどんな信仰や風習を持つのか? この料理の材料はなんなのか? これらほとんどをモノローグではなくせりふで消化しているからだ。

これは本作が孤食系ではなく、バディーモノだから。和田正人扮(ふん)する右も左も分からない新人の中条しのぶ(通称・ジョー)を相手に、木島が前述した情報をよどみなく説明するのだ。分かりやすく情報を伝えることは、登坂にとってのお家芸。このやりとりが芝居のメインとなるため、俳優経験の乏しい登坂でも、むしろ堂々たる主演ぶりを見せつけている。これぞキャスティングと演出の妙!

#1の舞台は埼玉県八潮市。ここには大勢のパキスタン人が暮らしており、ヤシオスタンという愛称で親しまれている。#2はフィリピン人が数多く在住し、リトルマニラと呼ばれる足立区の竹ノ塚。黒田達哉プロデューサーによると、日本人が経営する飲食店と違って外国人オーナー相手の撮影は非常にハードルが高く(そもそも日本語が通じないことも多い)、これまで製作してきたグルメ番組とは段違いに交渉時間がかかったという。

それもこれも日本人の舌におもねらない、本場の味にこだわったから。だからこそ捜査途中にキマジとジョーが訪れる店は“味”も“人”もガチンコのモノホン(俳優ではなく、実在店舗のスタッフが出演)。なじみのない料理が並ぶメニューから2人がどんな料理をチョイスし、舌鼓を打つのか、ぜひ番組を見てお確かめいただきたい。

気軽に海外旅行に出掛けられない昨今、日本にいながらにして国境を越えられる異国情緒グルメをドラマ仕立てで紹介してくれるのは大歓迎。見終わったら即座にGo Toしたくなること請け合いですよ!


奈良崎コロスケ(ライター)

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2022.10.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第142弾!!
家族として過ごす中で見せる、スターたちの魅力的な素顔

家族や親戚との結びつきが強いイメージのある韓国人。しかし、最近は西洋文化の影響や、核家族化が進んだことで、家族の絆が希薄になってきているとも言われている。そんな韓国で、改めて「家族のありがたみ」を感じさせてくれる番組がスタート。映画・チャンネルNECO初の韓流バラエティー番組となる「私たち家族になりました」は、宿舎生活や一人暮らしの長い芸能人たちが三つの家族に分かれ、それぞれ一つ屋根の下で生活する姿を定点カメラで観察するリアルバラエティーだ。

1組目は、アイドル第1世代グループgodのソン・ホヨン、第3世代のBTOBのリーダー・ウングァン、第4世代のTHE BOYZのヒョンジェの3人が叔父、ドラマ「椿の花咲く頃」で“国民の息子”と呼ばれ愛された子役のキム・ガンフンが甥となり、世代を超えた共同生活を送るガンフンファミリー。この家族のルールは、家事の担当はゲームで決めること。ボードゲームをしたり、PCゲームで遊んだり、ガンフンファミリーの毎日は、まるで正月の親戚の集まりのようににぎやか。ソン・ホヨンとウングァンが負けず嫌いを発揮して大人げなくガンフンに勝ち、世の中の厳しさを見せつける場面は爆笑必至! バラエティーセンス抜群なクセ強めなおじさんたちの共同生活に、元気がもらえる。

2組目は、Wonder Girls出身のユビンが姉、WayVのシャオジュン、ヤンヤン、ヘンドリーの3人が弟になって過ごす姉弟ファミリー。ユビンがイケメン3人を引き連れて古着屋へショッピングをしに行ったり、一緒に料理をしたり、仲良し姉弟っぷりを見せつける。ここの家族のルールは「寝起き直後に4人でセルフィー」。朝からイケメン3人とすっぴんセルフィーなんて……ああ、うらやまし過ぎる!

特に注目したいのは、3組目のSUPER JUNIORのイェソン&PRISTIN出身のイム・ナヨンの姉夫婦と、AB6IXのイ・デフィ&IZ*ONE出身のカン・へウォンによる妹夫婦の同居生活。日本でもリメークされた仮想結婚リアルバラエティー「私たち結婚しました」のフォーマットを継承したスタイルで、一つ屋根の下で新婚生活を見せる。最年長のイェソンは、新妻ナヨンにはもちろん、妹夫婦も合わせた家族全体をリード。ナヨンはそんな頼れる夫イェソンを立て、一歩引いて見守る。デフィ&ヘウォン夫婦は常に平等。ツーショット写真を撮ったり、おそろいのパジャマを準備したりと、これぞ20代の若者夫婦のリアルといったところ。夫婦の絆の行方も気になるが、対照的な2組が一つ屋根の下でうまく暮らしていくことができるのかも興味深いところ。

さまざまな家族の姿を見ながら感じたのは、誰かがそばにいることの安心感や楽しさ。なんだか“家族”に会いたくなる、そんなハートウォーミングな一作だ。


酒井美絵子(ライター)

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2022.9.26

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第141弾!!
狩猟グルメを堪能しつつ、莫大(ばくだい)な金塊の行方を追う!

舞台は明治後期の北海道。網走監獄から脱走した囚人たちの体に彫られた刺青に、一国を動かすほどの金塊のありかが隠されていた——。そんな奇想天外なミステリーをメインに、日露戦争の帰還兵とアイヌの少女の友情、大自然を生き抜くアイヌの知恵とワイルド過ぎるグルメ、猛獣たちとの壮絶なバトル、次々に現れては消える個性的すぎるキャラクター…と、面白さ全部乗せで人気を博す『ゴールデンカムイ』(野田サトル)。コミックスの累計は2300万部を突破。足掛け8年にわたった「週刊ヤングジャンプ」での連載は、惜しまれつつも今春幕を閉じた。

しかし、ほぼ同時に実写映画化決定のリリースが。すでにSNS上ではキャストの予想合戦が勃発しており、まだまだ盛り上がりは継続。果たして不死身の杉元は、アシ(リ)パさんは、誰が演じるのか? 今からワクワクが止まらない。そして10月からは待望のアニメシリーズ第四期がスタートする。第三期終了から約2年。ファンの渇望感は、とっくにメーターを振り切っている。あゝ、見たい! 一刻も早く見たい! チャンネルNECOではこれに合わせて、第一期から第三期までとOAD3作の一挙放送、さらに7日からはTV放送中の第四期も放送する。

なぜ『ゴールデンカムイ』はここまでの圧倒的な支持を受けるのか? それは「冒険/バトル」「歴史/ロマン」「狩猟/グルメ」をガツンとミックスした、サービス過剰の大盤振る舞い作品だから。金塊争奪戦に伴う北海道エリア全域を旅する冒険、新撰組・ミリタリー・アイヌを掘り下げる壮大な歴史ロマン、雄大な北の大地に生息するどう猛な獣たちとの死闘と野趣あふれる狩猟グルメ。これらの要素が組み合わさることで唯一無二のグルーブが生まれ、強い中毒性を醸すのだ。

どんどん深まってゆく杉元とアシ(リ)パとの関係も感動的だし、それぞれの思惑を胸に金塊を狙う屈強な男たちも色気が漏れ出ている。そんな彼らが追い求める刺青の囚人たちは、変幻自在に関節を外せる脱獄王の白石由竹を筆頭に、常人離れした怪力と性欲を持つ牛山辰馬、恍惚(こうこつ)の死を求めている連続殺人犯・辺見和雄、若い女性にしか見えない老齢の天才医師・家永カノなど、そろいもそろって個性的だ。

「生きること」「殺すこと」「食べること」の根源的な意味を真正面から突きつける衝撃作。前代未聞の超ド級エンタメを骨の髄まで堪能すべし!


奈良崎コロスケ(ライター)

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2022.8.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第140弾!!
自然界のルールから外れた動物と、独身を通した男性の関係

「本人も…努力してますから」。主人公・澤江弘一さんが取材カメラに向かって訴える言葉に、つい吹き出した。「本人も」って。澤江さんが「努力」を代弁しているのは、片翼が折れてしまい、繁殖地のシベリアに帰れない一羽のオオハクチョウ。

富山県には冬が迫ると、越冬のため多くのオオハクチョウ、コハクチョウが飛来する。澤江さんは、特によく知られる飛来地・田尻池でハクチョウの姿の美しさを観察して楽しむうち、翼の折れた一羽が心配になる。そのオオハクチョウは、春になって旅立つ群れに取り残され、一羽きりで池で生きることになった。澤江さんは放っておけず、毎日エサをやりに通い出す。そしてすっかり入れ込んで、「本人も努力してますから」と後見人的な発言をするまでになる。その人柄のおかしさ、手放しの優しさ。

映画・チャンネルNECOでTV初放送となる「私は白鳥」は、’21年に劇場公開されたドキュメンタリー映画だ。もともとは富山のテレビ局であるチューリップテレビが’19年に製作・放送した番組で、これが評判を呼び、追加取材の映像を加えて映画となった。四季が移り変わってゆく北陸地方を舞台にした、飛べなくなったオオハクチョウと、そっと見守る男性・澤江さんの物語として、まずはとても魅力的な作品だ。

澤江さんの、オオハクチョウの生態を尊重しながらの行動を通して物語が進むので、「私は白鳥」はおのずと、しっかりと自然に対する節度を持った映画になっている。ハクチョウは、オスとメスの違いが専門家でもすぐには分からない鳥ということもあり、翼の折れたオオハクチョウの性差は明らかにせず、名前を付けていない点もミソ。ムリに擬人化したり、キャラに寄せなくても、人と生きものの物語は紡げる、と立証できているあたりは、子どもの頃に児童向け訳で読んだ「シートン動物記」を思い出させる。ところが、だんだんとその物語はある重みを増していく。

前半はとにかく、“ハクチョウ大好きおじさんのあったか奮闘記”という感じで、楽しいのである。オオハクチョウが慣れない日本の夏を乗り切るために、澤江さんが心を砕く悪戦苦闘のエピソードが続いて、どうしたって応援したくなる。

実際、澤江さんのハクチョウへの理解と愛情はすごい。あの大ヒット作「キタキツネ物語」(’78)の企画者として知られる獣医師の竹田津実でさえ、自著「北国からの動物記 ハクチョウ」(’07)の中で、観察しているハクチョウを一羽ずつ見分けられるようになるまでかなり時間がかかった、と書いている。なのに「あれはおハナちゃん、あの子は…」とたちどころに分かる澤江さんののめり込みぶり。

僕は以前、東北の冬の池で思いっきりハクチョウに太ももをかまれた。それ以来、この鳥には好感を持っていなかったのだが、澤江さんを見ていると、なれなれしく近づいたこっちの方が悪かった、ごめんね…という気持ちになってくる。そうして澤江さんの人の善さ、熱心さがにじんでくるほど、ハッピーな展開が期待されるようになる。(自分が番組の構成作家業を長年してきたから言うが)TVには、作る人も見る人もどちらもせっかちになり、取材した素材が良い物語になるよう、やや急いで求めてしまうところがある。

次の冬が来て、仲間たちがまた池に戻り、オオハクチョウの翼が完治して仲間と一緒に旅立てる日が来たら。これは長期取材ものとしては最高のエンディングだ。そうなるのを一番期待していたのは、澤江さんだろうし。

しかし、そうはならない。冬になり、仲間が池に戻ってくるが、再会はぎこちない。中には、まるでよそものを威嚇(いかく)するような態度を示すものもいて、じっと見ていた澤江さんも涙声でつい「やめてやめて、いじめんといてよッ…」と声に出してしまう。その後も、自由に遠くまで飛べないオオハクチョウと仲間たちは打ち解けず、次の年の春にはまた一羽だけ残される。

オオハクチョウには翼が折れる前に結ばれていたパートナーがいて、そのパートナーはなんとか一緒に行きたい様子で最後まで傍にいる。ハクチョウは群れではなくペアが基本単位で、映画の中で澤江さんも言っているように、パートナーとの関係は一生続くそうだ。だから、パートナーにとっても、翼の折れたオオハクチョウと日本に残るか、群れと行動するかの選択はのっぴきならない。その上で…パートナーは群れと一緒に行くことを選ぶ。自分の意志で繁殖地に帰らないという決断は、渡り鳥には許されていないのだ。

ずいぶんとストーリーを細かく書き進めてしまっているが、いわゆるネタバレにはなっていないのでご安心ください。「私は白鳥」は、ここからが本番。期待されるハッピーエンドにはならなかったところから、本格的な物語が始まっていくのだ。

翼は完治せず、もう富山の池や川で生きるしかなくなったオオハクチョウは、いわば、自然界のルールから外れた存在である。いつ命が絶えてもおかしくない。澤江さんはそのおきてをよくわきまえながらも、目の前の命を捨て置けない。ハクチョウファンの楽しみの延長だったオオハクチョウへのエサやりが、ずっと続く務めになる。

前半の、自然に対する節度ある作りが、ここから効いてくる。ハクチョウはあくまで野生動物。人間を信用せず、弱っている時ほどひとりになろうとする。澤江さんがまくエサは食べるが、澤江さんになつくことは一切ない。はっきり言ってしまうと、翼の折れたオオハクチョウと澤江さんの間に、なんらかの心の通じ合い、絆が生まれることはないのだ。

以前、登場人物全員がそれぞれ片思いを連鎖させていく連続ドラマがあったが、「私は白鳥」も、群れとの行動を選ぶパートナー←翼の折れたオオハクチョウ←なついてくれなくてもエサをやり続ける澤江さん←澤江さんの帰りをいつもひとりで待つ飼いネコと、せつないぐらいに“片思い”の構図ができている。

パートナーとずっとは一緒にいられない運命になり、1年の大半を一羽きりで生きるオオハクチョウを「自分を見ているような気持ち」で世話する澤江さんは、それ自体には大きな張り合いを感じている。また冬が来てパートナーとしばしの再々会を果たせたオオハクチョウを見て、澤江さんは「良かった、良かった」と呟く。でも、その表情はどこか寂しく、まるで失恋したかのよう。

そうなると作り手はどうしても、澤江さんが独身なのを無視できなくなり、一歩踏み込まざるを得なくなる。それはよく分かるのだが、ずっと独りでいることについて作り手が澤江さんに水を向けた時、僕はそれこそ「やめてやめて、いじめんといてよッ…」と思ってしまった。

僕もいい年をして、独身だからだ。それはもう、いろんなことを言われてきた。どこか人間的な問題、欠陥があるんじゃないのか、と周りから思われているとしても、逃げようがない。人は結婚して子どもを産み育てて初めて一人前だ、と強く言い切られたら、黙ってしまう。でも澤江さんは、ちゃんと答える。もちろん寂しさも込みで、今を受け入れていることを話す。

澤江さんの元々はお気楽だったハクチョウ・ウォッチング(当初は確かに独身中年のヒマつぶしの要素はあったかもしれない)は、いつのまにか、自分の合わせ鏡のような孤独なオオハクチョウと向き合い続ける日々となった。疲労は澤江さんの中にたまっていくが、見捨てない。野鳥はいつまでたってもなついてくれないからやーめた、にはならないし、なれない。

自然界のルールから外れた生き物は、いつ死んでも仕方ないのか? 独身・独居の人間は、社会のルールから外れた厄介者なのか? 二つの問い掛けが絡まり合いながら、「私は白鳥」は、生きるとは何かを問うところまで歩を進めていくのである。

ナレーターは、天海祐希。映画のナレーションを務めるのは初めてだそうだ。祖父母が富山の人で、子どもの頃は夏休みを富山で過ごしていたという。全国区の人気があるスターが、出身地であるローカル局の番組に快く出演する話は割とよくあるので、そういうご縁つながりはスンナリ想像できる。

‘21年の秋、TBSの報道番組「news23」に天海さんが出演して、独身を通す生き方について語った回は大きな反響を呼んだ。僕もこの日たまたま見ていて「結婚し、出産するのが当たり前と考える生き方が自分には無理だと分かった」といった話を、ハキハキとする姿に強い印象を受けた。踏ん切りをつけてからは、仕事にこれまで以上に打ち込めるようになった、とも話していたと記憶する。

恐らく、そんな天海さんの生き方・選択が、「私は白鳥」の深い部分と強く響き合ったのだろう。ナレーションは淡々としている。しばらくは声の主が天海祐希だと気付かないぐらいに。オオハクチョウと澤江さんの関係を伝えるには、そうした方がいい、と確信を持って淡々としている。「私は白鳥」を初めて見る方には、ぜひそこも含めて味わってほしい。


若木康輔(ライター)

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