ログインするとリマインドメールが使えるYO!


新着情報

INFORMATION

2024年7月24日(水)

《ぴあ×チャンネルNECO》強力コラボ 【やっぱりNECOが好き!】更新しました!/「NHKスペシャル 未解決事件 File.09 松本清張と帝銀事件」

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第159弾!!
「NHKスペシャル 未解決事件 File.09 松本清張と帝銀事件」 ドラマ、ドキュメンタリー、映画…3方向から迫る戦後の大事件

帝銀事件を題材にした二つの作品が、映画・チャンネルNECOで8月に放送される。一つ目は、’22年に放送された「NHKスペシャル 未解決事件 File.09 松本清張と帝銀事件」。第1部は「松本清張と『小説 帝銀事件』」というドラマで、第2部は「74年目の“真相”」というドキュメンタリーの2部構成になっている。二つ目は、熊井啓の監督デビュー作としても知られる’64年の日活映画「帝銀事件 死刑囚」。どれも重量級である。ぜひご覧になってほしい。絶対に時間を無駄にさせないと請け合えるどころか、全て見たら社会と個人、フィクションと事実、人間の尊厳など、多様なテーマの問い掛けをずっしり浴びることになる。あなたの考え方にまで影響を与えるかもしれない。

この調子で、勢いに任せて見どころを書き連ねていきかけたが、「ちょっと待てよ…」となった。実は以前、構成作家の仕事で、画家・平沢貞通の作品を研究している方(今回の「NHKスペシャル」にも協力されている)のお話を聞いたことがある。自分なりに昔から帝銀事件に関心があり、それで僕から企画し、取材を申し込んだ。ところが年下の番組スタッフは、「平沢って誰か、知りませんでした」「帝銀事件…名前は聞いたことありますけど」と、反応が薄かったのだった。

これは当然なのである。何しろ戦後間もなく起きた事件だからだ。その前段を飛ばして、戦後最大のミステリーと言われるあの帝銀事件をNHKの大型シリーズが満を持して…と紹介を始めてしまっていいものか。それにこの事件には、説明が必要なフレームがいくつもある。そこで、むしろトーンを抑え、順を追って項目を立てて、じっくりポイントを紹介させてもらおうと思う。

〈帝銀事件について〉
‘48年(昭和23年)1月26日、東京都豊島区にあった帝国銀行(現・三井住友銀行)椎名町支店に「東京都の衛生課職員」と名乗る男が現れ、集団赤痢の予防薬を行内にいる行員と用務員一家計16人(子どもも含む)に飲むよう指示した。この予防薬が毒薬だった。16人のうち12人が苦悶(くもん)したり死亡する中、男は現金と小切手を持ち去って消えた。

まれに見る冷酷な銀行強盗殺人事件は社会に衝撃を与えたが、捜査には時間がかかり、画家の平沢貞通が逮捕されたのは同年の8月半ば過ぎだった。平沢逮捕の根拠は、毒死を免れた行員の証言による人相書と顔立ちが似ていたこと、毒物を持っていたこと、小切手の裏書の筆跡が似ていたことなど。取り調べが始まってから約1カ月後に平沢は犯行を自供した。ところが平沢は裁判では一貫して無罪を主張。’55年(昭和30年)に最高裁の判決で死刑が確定するが、判決への批判は強く、弁護団から再審請求が何度も出された。刑の執行はされないまま、’87年(昭和62年)に平沢は95歳で獄死した。

平沢の犯行を疑う議論に大きな影響を与えたのが、松本清張だった。判決が出た当時の清張は飛ぶ鳥を落とす勢いの人気推理作家。その彼が’59年(昭和34年)から、帝銀事件の真犯人は別にいる、と実際の裁判資料に基づいて主張する小説とノンフィクションを続けて発表したのである。死刑判決の根拠の弱さ(毒薬の入手経路が不明であるなど)を丹念に洗っていき、より真犯人は別にいる可能性の高い説へと焦点を絞っていく清張の鮮やかな推理は大反響を呼んだ。その執筆経緯をドラマにし、一方でドキュメンタリーの形で新たな発掘資料や現代の解析技術を紹介して、清張の提示した切り口が決して作家の想像物ではないことを裏打ちしていくのが、今回の「NHKスペシャル 未解決事件 File.09〜」だ。

〈「未解決事件」シリーズについて〉
「未解決事件」シリーズとは、「NHKスペシャル」の枠で’11年から放送されている番組だ。最初に取り上げられたのは、グリコ・森永事件。以来、オウム真理教、ロッキード事件、赤報隊事件などを、ドラマとドキュメンタリーの2部構成で描いてきた。ドラマ編は記者や検事など、その事件をずっと追い続けた実在の人物を主人公のモデルにして全体を描くことを主眼とし、ドキュメンタリー編は、番組スタッフが新たに得た事実や証言を紹介。互いが内容を補てんし合いながら、なぜ社会を揺るがした事件の真相が明らかにならないままなのかを、多角的に検証していく。今年も、下山事件をテーマにした最新作が春に放送されたばかり。継続中の人気シリーズだが、考えてみれば相当な気骨を持って作られている番組だ。報道が時には世論をミスリードしていくことになるという、メディアの自己批判につながる問題についても目をそらしていない。

僕が特に感銘を受けたのは、’18年放送の警察庁長官狙撃事件をテーマにした回のドラマ編だ。犯人説が複数ある中、その1人をイッセー尾形が演じた。演出の黒崎博(「セカンドバージン」「太陽の子」など)がイッセーのとぼけたアドリブの軽妙さを一切封じると、イッセーはゾッとするほど冷たい無表情で要求のさらに上をいく。演出と俳優の真剣勝負が、あれほど画面を通して伝わってきた例はなかなかない。

〈松本清張について〉
先述した通り、松本清張は’59年(昭和34年)、月刊誌・文藝春秋で「小説帝銀事件」を発表し、この反響を受けて、翌’60年(昭和35年)から同じ文藝春秋でノンフィクションの連載シリーズ「日本の黒い霧」をスタートさせた。「小説帝銀事件」では、「なんら自分と利害関係のない人間を、平然と16人、一瞬の間に抹殺しようとしたその心は、科学的であると同時に人間性を失った男と見るべきだ」と推測が働く方向を定めた。その上で実は警察の捜査方針の主力は軍関係者で、満州で捕虜を対象に毒薬の人体実験をしていた謀略部隊・七三一部隊(関東軍防疫給水部・石井部隊)の関係者に絞られていたところまで筆を進めている。

清張は、フィクションで書く以上データはできるだけ事実によらなくてはいけないと決めて、架空の記者を主人公にした枠組み以外の内容は、徹底して検事調書、検事論告、弁護要旨、判決書などの裁判記録を基にした。しかし、なぜ軍関係者に絞られた捜査が途中で急転換し、平沢逮捕へと傾いたのか、ということまでは小説では追及しきれず悔いが残った。

その疑問に新しい視点を置くために書かれたのが「日本の黒い霧」に収められた「帝銀事件の謎」だ。
ここで清張は、
・戦時中に軍が極秘に研究し、製造していた青酸化合物ニトリールの特徴が、帝銀事件で使用された毒薬と酷似していること
・しかし謀略部隊の上層部が戦後は占領軍に守られる立場にあり、日本の警察がその壁にぶち当たった可能性が高いこと
という2点を指摘している。自由主義陣営と共産圏の冷戦体制が始まりつつある中、旧日本軍の毒薬研究は、戦勝国アメリカにとって利用価値があるものだったし、その関係者が凶悪な大量殺人事件に関わっていることは伏せるべき事実ではなかったか、と。

こういった経緯を、「NHKスペシャル 未解決事件〜」は見事にドラマ化し、ドキュメンタリーで内容を補強している。ただ、清張の説が見事だからといって「GHQの関与が真実に違いない」と捉えるのも注意が必要だ。「そもそも平沢のような芸術家があんなに冷酷な事件を起こせるものだろうか」という疑念が多くの人にあったのと同時に、「毒薬のプロだった旧軍人の犯行だとすれば計画の詰めが甘い」と清張の説に疑義を唱える意見も根強くあったのだ。清張は、毒物こそ帝銀事件の唯一の凶器なのに、平沢が入手した経路が判決文にも明記されていないことを出発点とした。だが、その毒薬は間違いなく旧軍人のもの(平沢が持ち得ないもの)だと示し切ることまではできなかった。そのことは確かだ。

それでも、清張の仕事はとてつもなく大きなものだった、と僕は考える。もしもベストセラー作家の清張が着目しなかったら。帝銀事件の記憶は、平沢の死刑判決の後はすみやかに風化していった(そして静かに平沢の死刑執行が行われていた)可能性が高かった。それに、旧日本軍・謀略部隊の捕虜生体実験の事実が世に広く知られることさえなかったかもしれないのだ。

孤独な一青年が境遇に負けぬよう文学研究に打ち込む芥川賞受賞作「或る『小倉日記』伝」以来、清張の作風は常に“下から目線”だった。推理小説中心に転じ、長編「点と線」「眼の壁」や、「顔」「張込み」「声」などの傑作短編を次々と発表した。国民的人気作家になってからも、無名のまま埋もれる人間の悔しさ、怨念、成功への執着と転落の恐怖といった、生々しい心理を推理小説に持ち込み、彼らを抑圧する社会構造へ鋭いメスを入れ続けた。つまり、常に清張の小説には、貧しい家で育って小学校までしか行けず、働きながら独学で勉強した自身が投影されている。さらに言えば清張は戦時中、衛生兵として召集された経験を持っている。清張が帝銀事件に抱いた、軍が毒薬を研究していた事実への執着や、逮捕によって画家生命を断たれた平沢貞通への思いは、ジャーナリスティックな興味以上に、清張の内面からあふれ出る必然的なものだった。そう考えてもいいのではないか。

〈大沢たかおについて〉
このドラマは、人気推理作家が現実の大事件に挑んだというだけのものではない。人気作家になっても癒やされない心の奥の孤独な傷が大事件の闇と共振し、組織ぐるみで隠されようとしていた事実を見つけていく男の物語でもある。脚本の安達奈緒子らはしっかりとそう捉え、ドラマ編を再現ドラマに留まらない独立したコクのあるものにした。そして、その意を受け止めて具現化したのが、松本清張を演じた大沢たかおだ。

もともとは「若者のすべて」や「星の金貨」などのTVドラマで、爽やかな好青年役でブレークした俳優だった。そのまま二枚目で行くものと思わせておいて、ノンフィクションを原作にした異色ドラマ「劇的紀行 深夜特急」シリーズで作者の沢木耕太郎役を演じ、沢木役のままドキュメンタリーの世界に入り込む、規格外な表現を見せた。以来、映画では非日常的な役ほど喜々として演じ、逆に「JIN-仁-」のようなタイムスリップものでは実直さを前に出してドラマに説得力を与えてきた。

そして、この「NHKスペシャル 未解決事件〜」のドラマ編。あの、トレードマークであった直毛の長髪を振り乱し、ひっきりなしにたばこの煙をくゆらせながら、下からにらみつけるように目玉を光らせて、松本清張を松本清張らしく演じている。これは今、演技力がよほど評価されていなければ来ない役だろうが、似ている・似ていないに特化した話題にはならなかった。大沢たかおがそれだけ自然と清張になっていたからだ。

今回のドラマ編で大沢は、休養から復帰後の代表作「キングダム」シリーズで共演している要潤と再び組んでいる。「キングダム」では余裕たっぷりの大将軍と冷静な忠臣。こちらはベストセラー作家と、密接な相談相手になる編集長。似た関係を演じているのだが、見ている間はまるで既視感がない。両者の役の咀嚼(そしゃく)力の高さゆえだ。

作品の最初の発表をノンフィクションにしたい清張と、小説の形を勧める編集長が激論するシーンは名場面。プロとプロが高いレベルで互いに筋の通った考えをぶつけ合う。最高に脚本の書きがい、演じがいがある。しかも、ここでは編集長の方が立っていることがミソだ。なぜなら、清張は存分に書きたい一心だが、編集長には過激な抗議から社員を守りたい組織のリーダーとしての判断や、清張のノンフィクションへの挑戦はまだ生煮えで機は熟してはいない、といったプロデューサー的な勘も混ざっているから。大沢のテンションを受け止め、包むような要潤の演技も素晴らしい。

〈映画について〉
最後に、「NHKスペシャル 未解決事件〜」と連動して放送される映画「帝銀事件 死刑囚」についても紹介しておきたい。これはもう、日活映画の歴史に残る作品の一つで、映画・チャンネルNECOでは何度も放送されてきた。しかし、帝銀事件の本格的な映画化・ドラマ化の嚆矢(こうし)と考えれば、何度見ても価値は揺るがない。

日活の助監督で脚本家だった熊井啓は、清張と同じように裁判資料を読み込み、拘置所にいる本人とも面会して、自分なりに平沢の無罪を確信。事件を詳細に追った実在の新聞記者を主人公のモデルにした脚本を書いた。記者は、毒薬を飲みながら九死に一生を得た元行員の女性と取材を通して知り合い、結婚することになる。そう、「NHKスペシャル 未解決事件〜」のドラマ編でも、この夫婦は登場する。両作が実話を通じてリンクする形になっているのを見てもらうのも、興趣の一つだ。

ただ、「帝銀事件 死刑囚」が「NHKスペシャル 未解決事件〜」のドラマ編に一番大きな影響を与えているのは、細部のリアリティーだろう。熊井はこの監督デビュー作で、本人が自著で言う「実証主義」にこだわった。帝国銀行椎名町支店のセットは、実際の見取り図をもとに原寸大通りに建て、犯人が使った道具、行員たちが毒薬を飲んだ茶碗なども事件の現場を正確に再現。毒薬を茶碗に注ぎ入れる手の動きも、薬品の扱いに精通する関係者にやってもらった。この徹底したリアリズム志向は、個人の作家から発生したというより、あくまで、映画を通じて平沢無罪説を納得してもらうためだった。この意思が「NHKスペシャル 未解決事件〜」にも受け継がれている。

熊井映画が特に力を入れていて、「NHKスペシャル 未解決事件〜」にはない部分というと、平沢の自白に至る取り調べ場面が挙げられるだろう。現在の刑事訴訟法では、他に物的証拠がない限り本人にとって不利な自白は証拠とは見なされないが、帝銀事件の当時はまだ、自白を有力な証拠とする旧法の考え方が色濃く残っていた。物的証拠が弱いことに焦り、平沢をどんどん追い詰めて自白を強要する検事、刑事の執拗(しつよう)さ、陰湿さはすさまじいほどに不快だ。熊井啓は熊井啓なりのやり方で、松本清張と通じる思いを描いたのだった。それは、個人が大きな力の犠牲になることへの真っすぐな怒りである。


若木康輔(ライター)

ページの先頭へ

2024.3.25

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第159弾!!
「AKAI」 新しいスタートを迎えるために必要な、ハートの磨き方

’22年に劇場公開された「AKAI」というドキュメンタリー映画がある。元ジュニアウェルター級(現スーパーライト級)のプロボクサーで、今は俳優として活躍する赤井英和が自ら振り返る半生を、現役プロボクサーで映像人でもある息子の赤井英五郎が1本の映画にまとめ上げた作品だ。

え、まだ見てない? それはちょうどいい。「赤井英和の嫁」佳子さんのSNSは面白いからチェックしているけど、赤井さんの若い頃は知らない? ますますバッチリ。そんなあなたのために、映画・チャンネルNECOが「AKAI」を放送します。スカッとした気分になりにくい今の世にこそふさわしい、心づくしのオンエア。これから初めて見る人ほど、ハッピーになれるのと違いますか。

いきなり調子よく並べ立てているが、それだけ、気分良く人におすすめできる映画なのだ。映画の中から湧き出てくる赤井英和の明るさ、率直さにまんまと引きずられてしまって、それがまたうれしい。

「AKAI」は赤井英和の人生に訪れた、二つの停滞期を描いている。一つは’85年、世界チャンピオン挑戦目前まで駆け上がったところで再起不能の大けがをして引退し、次の道を決めかねている(その姿を関西のテレビ局に密着されている)時期。もう一つは’20年、ちょうどインタビューの撮影期間にあたる、新型コロナウイルス感染拡大の影響で芸能活動全てが中止・休止になり、自宅で待機を続ける時期。どちらも「そうなったもんはしゃあない」という感じで、赤井は笑顔で受け止めている。一貫しているところがとても魅力的。

いや、正確には赤井の笑顔は、根っからの楽天性・ポジティブ思考だけでできているのではない。著書「赤井英和のごんたくれ 疾風怒濤の青春記」(青春出版社刊)を読むと、カメラの前で冗談交じりに答える陰で、突然ボクシングを奪われて途方に暮れた気持ちを持て余し、不完全燃焼な思いに苦しんでいたことが率直につづられている。

コロナ禍のホームステイで、絵を描いたり自炊をしたりと楽しんでいる姿も同様なのは、言うまでもないだろう。あの時は誰もが、このまま世の中が、生活が元に戻らなかったら…というどんよりした不安を共有していた。

その上でのひょうひょうとした笑顔だから、気持ち良く伝わってくるのだ。ベストを尽くして戦い、生きてきたと言い切れる男だから、立ち止まらなくてはならない時は腹をくくれる。どっしり構えていられる。

赤井英和の顔をそんな味のあるものに作り上げたのは、どんな戦いの日々だったのか。「AKAI」の最大の見どころは、豊富なアーカイブ映像でボクサー・赤井英和のキャリアのすごさをたっぷりと見られることだ。同時にそれは“男の顔は履歴書”という言葉を地でいく、ほれぼれするような面構えの変遷の歴史でもある。

先輩から「とにかくどつけ」と言われるまま相手に向かっていたら、たちまちアマチュア注目の選手になった頃の、大阪の下町のヤンチャな高校生まんまの表情。プロに入っても負け知らず(デビュー以来12試合連続KO勝ちは、’03年に破られるまで日本タイ記録)で「浪速のロッキー」と呼ばれ、家族や周囲の愛情をそのまま力に変えていた頃の、輝くような若武者のりりしさ。ボクシングは、メンタルと技術がかなり高度な地点でクロスしているスポーツだが、赤井のように天分に恵まれたボクサーに、最初から相手をのんでかかる負けん気がプラスされると一体どれだけの相乗効果を生むのかが、破竹の連勝街道を見ていくと怖いほどによく分かる。

初の世界タイトル戦では初めて本格的な敗北を味わうのだが、それでも再起していく過程の赤井の顔は、ゾクッと鳥肌が立つほどたくましく、すごみのあるものになる。なにしろ赤井は、世界挑戦に挫折したこの時にやっと、距離を保ったアウトボクシングを学ぶ必要を痛感しているのだ。どんだけすさまじいポテンシャルだったんですか…という話である。「パンチを一発打たれたら三発返すスタイル」(「赤井英和のごんたくれ〜」より)以上のものを目指すと、ファイトスタイルからいったんは豪快さが消える。模索に苦しむ様子ばかりが見えてくる。その模索は、真の一流アスリートにとって必要な関門だ。赤井英和はやがてそれを乗り越え、もう一回り大きくなって世界チャンピオンになるはず…だった。

’85年2月。二度目の世界挑戦のための前哨戦、と見なされていた大和田正春戦で、赤井が予想外のKO負けを喫し、急性硬膜下血腫、脳挫傷で生死の境をさまようまでの経緯は、見ているこちらもしんどい。

この前後で重要な人物として登場するのが、エディ・タウンゼント。ジムでの体罰を否定し、本人いわく「ハートのラブ」にあふれた指導で藤猛、海老原博幸、ガッツ石松など計6人の世界チャンピオンを生み、「エディさん」と呼ばれ慕われてきた、伝説の名トレーナーだ。このエディさんが、現役復帰はもう不可能と医師に宣告されたばかりの赤井に、「運命だった」と言い、ジムにも「もう来なくていいよ!」と厳しく伝える場面がある。ここは…泣ける。

言葉通りに捉えれば、なんて冷たいことを、と感じるだろう。でも、「AKAI」を見てほしい。まだ若い赤井のために、あえてボクサー人生への未練を断ち切らせることを言うエディさんの愛情が、ヒシヒシと伝わるのだ。それが痛いほど染みるから、赤井の表情は、好きな先生に叱られて泣きそうな中学生のようになる。

エディさんが、もう少し早くから赤井英和を指導できていたら…。これは、いまだにボクシングファンの間で交わされる、ifの話題だ。しかし、ジムの契約などの事情でとことん二人三脚になれなかったことも「運命」だし、エディさんに未練を残さないよう言われた赤井が、次の道――俳優としてデビューに進むのも「運命」だった。ちなみに、エディさんは、次に任せられた若い選手は文字通り付きっきりで指導した。実はエディさんも、赤井を指導できる時間が短かったことを後悔していたからだと言われている。そうして生まれた、エディさんが育てた最後の世界チャンピオンが井岡弘樹だ。

当時、“鮮烈”という表現でも十分か分からないほどに鮮やかだった、映画「どついたるねん」('89)と主演俳優・赤井英和の誕生。これを、赤井の第二のキャリアのスタートではなく、ボクサーとしての最後のけじめ=引退試合と位置付けて、その後俳優になってから現在に至るまでの紹介を思い切り捨てているのが、本作独自の個性だ。

赤井が「どついたるねん」で演じたのは、自身がモデルのボクサー。現役生活と同じように走り、トレーニングし、減量しながら、その成果をリング上の勝敗ではなく映画にぶつけた。そこで「一番きつい」思いをしたから、赤井は30年以上経った今でも俳優として活躍を続け、大らかな笑顔でいられる。

こういう作りの映画になったのは、きっと監督・赤井英五郎が、父であり先輩ボクサーである赤井英和の現役時代を誰よりもしっかりとさかのぼり、参考にしたかったからだろう。自分自身のファイトのために。昨年、英五郎はミドル級の東日本新人王になった。全日本新人王決勝戦では敗れたが、今後も活躍を期待されている。

「AKAI」の中でテーマ曲が流れる「ロッキー」シリーズは、ロッキーが息子世代を見守る「クリード」シリーズへと受け継がれたが、赤井父子の場合は、今後どっちがさらに大きくなるのかの競争となりそう。過去をじっくり振り返りながらも、真のテーマは、新しいスタートを迎えるために必要なハートの磨き方にある。そこが「AKAI」というドキュメンタリー映画の、爽やかな魅力だ。


若木康輔(ライター)

ページの先頭へ

2024.2.26

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第158弾!!
想像を絶する苦しみを背負う誰かに、“寄り添う”ということ
「宮城発地域ドラマ ペペロンチーノ」

東日本大震災から間もなく13年。あの時に深い傷を負いながら、必死に生きる人々の思いを丁寧に描いた「ペペロンチーノ」は、今だからこそ見ておきたいドラマだ。

宮城県牡鹿半島の海辺にあるイタリアンレストランのオーナーシェフ・小野寺潔は、’21年3月11日に招待客を集めてパーティーを開く。犠牲者の魂を悼む厳粛な日にもかかわらず、にぎやかに騒ぎたいという潔の真意は? 潔と招待客との関係、潔が歩んできた10年の道のりが明かされていく。

招待客を迎える潔の穏やかな笑顔は、震災で全てを奪われた苦しみを経てたどり着いた境地だった。酒に溺れ、どん底でもがいて、何とか立ち上がり、レストランを開店して、やっと前に進み始めた時にコロナ禍に見舞われる…。胸が痛くなるような10年間。被災し、潔のような思いをしながら生きてきた人は、たくさんいるのだ。草彅剛の壮絶な芝居は、そうした現実を突き付けてくる。

草彅は、今最も観客から信頼され、新作が待ち望まれる俳優の一人だ。「ミッドナイトスワン」(’20)でトランスジェンダー女性を演じて数々の映画賞を受賞。俳優・草彅剛は、決して失われてはいけない至宝であると多くの人が再認識した。

現在、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」で演じるのは、底抜けに明るい天才音楽家・羽鳥善一。その陽気さの裏に音楽への情熱、戦争の苦い経験を抱える奥深い人物像を作り上げている。近年は本作をはじめNHKと縁が深く、大河ドラマ「青天を衝け」(’21)では徳川慶喜役、スペシャルドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」(’23)ではろう者の両親を持つが、耳の聞こえるコーダ(Children of Deaf Adults)を演じて大きな反響を呼んだ。今年5月公開の白石和彌監督とタッグを組んだ主演映画「碁盤斬り」では、復讐(ふくしゅう)に燃える実直な武士を演じる。好評を博したドラマ「罠の戦争」(’23)など草彅の魅力がさく裂する十八番(おはこ)の復讐劇だけに、期待が高まる。

また、この作品は全国のNHK放送局による「地域発ドラマ」として制作。脚本家×豪華キャストの顔合わせで地域に密着したテーマを取り上げ、名作を生んできた。NHK京都制作の渡辺あや脚本の「ワンダーウォール」(のちに劇場版として公開)は実際にあった出来事を基に、京都の大学寮の建て替えを巡る学生たちの戦いを描いた。

本作の脚本を手掛けるのは、「私をスキーに連れてって」(’87)などで知られる一色伸幸。

「外の人が思い出すだけのための10年。でも、ここではずっとあの日が続いている」

「俺は被災者じゃない。料理人です」

一色は、10年経とうが消えることのない被災者の痛み、被災者として扱われることのもどかしさ…被災地にいない人間が気付けない思いを拾い上げ、視聴者に手渡す。本作の脚本は放送文化基金最優秀賞をはじめ数々の受賞を果たし、高い評価を受けた。

他にも、宮城県岩沼市の男子新体操部の青春を描く「映画 バクテン!!」、福島県いわき市在住の女子高生がフラガールの道を歩み始める「フラ・フラダンス」、宮城県田代島や石巻市などで暮らす猫と人を追った「にゃんこ THE MOVIE5」も、東日本大震災にまつわる特集として併せて放送。いずれの作品も、被災したエリアを舞台に描かれている。

自然災害は、いつ誰に降りかかってくるか分からない。今年1月1日に能登半島地震が発生し、被災者の方々は今も苦しい生活を余儀なくされている。被災地を応援したいと考えている人々も、どこに募金すればいいのか、どのような支援が必要なのか、さまざまな模索が続く。

例えば、ふるさと納税を利用した「代理寄付」は、寄付を受け取る被災地の自治体に代わって他の自治体が事務作業を請け負う仕組み。東日本大震災で被災した自治体も参加して能登半島地震の被災地の寄付を受け付けるなど、新しい支援の輪も広がりつつある。

想像を絶する苦しみを背負う誰かに“寄り添う”。そのためのヒントと、きっかけを与えてくれる傑作を、この特集と共にぜひかみしめてほしい。


伊沢晶子(ライター)

ページの先頭へ

2024.1.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第157弾!!
猫の無邪気な姿に平和への思いを重ねて

猫好きにはたまらない! 全国各地から届いた人と猫の心温まるストーリーを集めた「にゃんこ THE MOVIE4」(’10)、「にゃんこ THE MOVIE5」(’12)が、2月22日の「猫の日」に合わせて、映画・チャンネルNECOでCS初放送される。

同シリーズはフジテレビ系朝の情報番組「めざましどようび」で放送され、にゃんこブームの火付け役ともなった人気コーナー「きょうのにゃんこ」から生まれたもの。番組スタッフが制作しているとあって、猫の扱いは慣れたもの。無条件にかわいいけれど、ツンデレで、水遊びをしたり昆虫を捕まえたり、いたずら好きな猫らしい瞬間を捉えた映像の数々はさすがの一言。

さらにナレーションを毎回、豪華俳優が担当しているのも話題。篠原涼子、小西真奈美、田中麗奈に続いて第4弾を綾瀬はるか、第5弾を長澤まさみが担当。その声に惹(ひ)かれて見るもよし。ただただ、もふもふのにゃんこを愛(め)でるもよし。だがしかし、間口は広くとも奥行きは深い。猫を通して日本社会の変遷や、人の心が見えてくるから面白い。

毎作テーマがあり、第4弾は“にゃんこ目線”。1歳の女の子に結構乱暴な扱いをされながらも、ちゃんとおままごとに付き合ってベビーシッターをする「トラ」。交通事故で失った右足をものともせず、ご近所さんにまでごはんを食べに参上する「ミミ」。ジュエリーデザイナーのご主人と一緒に会社に出勤し、ジュエリーを身に着けて広報として貢献しつつ、手が空いている社員に「一緒に遊んで!」とおねだりするのも忘れない「うり吉」。舌がんで余命1カ月と宣告されながらも、ご主人の懸命な看病によって奇跡の回復を見せた「タラ」。ご主人とのまだ明るいうちからの晩酌を日課としている「ゆき」などが登場。まるで「しょーがない。人間に付き合ってやるか」という猫の心の声が聞こえてきそうなエピソードがいっぱいだ。

一方、第5弾のテーマは四季を生きる日本の猫、猫と人間の“絆”。桜が咲き誇る公園まで、ひたすら道路の白線上を歩くことをルールとしている「ぷち丸」。富士の麓で米作りに精を出すおばあさんの、野良仕事のお供を欠かさない「ウリ」。猫の街・尾道で、歌人・中村憲吉の旧居をすみかにしながら坂道を走り回っている「玉姫」と「千姫」。海の街・神戸で、視力を失いながらもご主人たちの愛に支えられながら生きるおばあちゃん猫の「ちゃー」など。

いずれも、もはや猫は単なるペットではなく、家族の一員としてなくてはならない存在として描かれている。だから、猫が病気になったり、けがを負ったり、災害が起こったら支えるのが当たり前。それを如実に表しているのが東日本大震災後の被災地の猫を追った第5弾。津波被害を受けた石巻で、猫と共に避難所で暮らす草島さん一家が紹介される。

草島家は「ニャオニャオ」と「マオマオ」と共に生活していた。災害時、ニャオニャオは次女がケージに入れて一緒に避難できたが、マオマオは土台ごと流された家と共に行方不明に。家族は、数多くの人命が奪われた中、「動物の安否ごときで騒いではいけないのではないか?」と感情を抑えて暮らしているが、“家族”の喪失の大きさは変わらず。助かったニャオニャオも慣れない避難所暮らしに、いつからか鳴き声が出なくなってしまう。ニャオニャオは仮設住宅に移ってから声は取り戻したものの、環境の変化の大きさは人も猫も変わらないことを物語っている。

東日本大震災のこの事例が、飼い主たちと行政がペットの災害対策を考えるきっかけとなったことはご存知の通り。草島家の場合はニャオニャオと共に避難所生活を送れたが、不特定多数の人が集まる避難所ではアレルギーを持っている人もおり、共に避難生活を送るのが難しいという現実が立ちはだかる。そこで環境省や各自治体では、万が一のための準備を飼い主に促すだけでなく、「人とペットの災害対策ガイドライン」を作成し、避難所にペット専用のスペースを設ける自治体も増えた。また、東日本大震災や熊本地震における「被災動物対応記録集」をまとめ、さらなる未来への教訓作りに取り組んでいる。そう、人も動物も、あんなに悔しくて、悲しい思いをしたんだもの。この体験を生かさなければ、命を絶たれたあらゆる生き物に申し訳が立たない。

また、同シリーズを通して、“猫島”として知られる宮城県・田代島に密着。漁が盛んな同島では猫を縁起ものとしてあがめており、人口よりも多い100匹以上の猫たちが生息していて、観光客にも人気。その島がやはり津波被害を受け、多くの猫が山に逃れて難は逃れたものの、姿を見せなくなった猫たちもいることが記録されている。

猫好きの筆者としては猫がのんびり日なたぼっこしている街は“住民が優しく、治安も良い”が持論だ。昨今はあちこちで戦火が起こっているだけではなく、1月1日には能登半島付近を震源とする地震も発生した。余計に猫が無邪気に戯れている姿や寝顔に平和の重みをかみ締める日々である。


中山治美(ライター)

ページの先頭へ

2023.12.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第156弾!!
’24年の元日も見るべし! 巨大マグロを釣り上げる漁師を追ったドキュメンタリー

’24年の元日、映画・チャンネルNECOで「洋上の激闘!巨大マグロ戦争2023」がCS初放送される。「待ってました!」と歓迎の声もあれば、「当然だ、やってもらわなきゃ新年が迎えられないぞ」という声もあるでしょう。今や「巨大マグロ戦争」シリーズは映画・チャンネルNECOでも定番の正月コンテンツ。マグロ漁の聖地・青森県大間町の漁港と海を舞台に、重さ200kgを超えるマグロとの真剣勝負に挑む漁師たちの姿に密着したドキュメンタリー番組だ。

今回も、シリーズを続けて見ているファンにはおなじみの漁師が次々と登場する。大間No.1漁師の息子で、サラブレッドの呼び声高い若者の、なかなかマグロと出合えない苦境からの大逆転。体力の限界を感じつつ、明るい奥さんに励まされながら海に出る76歳漁師の、巨大マグロとのハラハラする勝負。男手一つで2人の娘を育てるため、いったんはマグロを釣り上げての一獲千金を諦め、地道なコンブ漁に切り替えた男が土壇場で繰り出す、師匠直伝の秘技。どれを取っても手に汗握るドラマがある。

とはいえ、「巨大マグロ戦争」シリーズは、初めて見る人でも話に置いていかれることは絶対にない。むしろ、初めて見る人ほど感動できるかもしれない。釣れなければ家族を養えない、ならば大物を釣るしかない。大間のマグロ漁師は誰もが、おそろしくシンプルで厳しい勝負の世界に生きている。そこにあるドラマは一貫しているのだ。だから、奮闘の末に巨大マグロを釣り上げる姿には常に、スポーツ中継で熱戦を見るのに匹敵する感動がある。画面いっぱいに大海原が広がるスケール感と、真剣勝負、家族愛。まさにお正月に見るのにぴったりの満腹感。そして何よりも、番組を見ているこちらもいろいろあるけど、今年も頑張ろう…! という気持ちにさせてくれるのが良い。

ここで、ざっとシリーズの歴史を振り返っておこう。第1作に当たる特別番組がテレビ東京系列で放送されたのは、’04年の年末。これが評判になり、毎年、長期密着取材の成果をまとめて見せるのが恒例になった。近年は、1月5日の初競りの様子まで紹介した正月番組として定着し、少しずつ変更のあったタイトルも「洋上の激闘!巨大マグロ戦争」に放送年の西暦が加わる形に落ち着いている。

この「巨大マグロ戦争」シリーズを映画・チャンネルNECOが初放送したのは’16年。当初はトライアルの企画だったそうだが、いきなり人気が高く、こちらでも即レギュラー化。毎年、元日に前年作を見てから、数日後に地上波のテレ東系列での最新作に臨むのが、ファンのルーティンになっている。また、このシリーズの姉妹編に、大間町だけでなく全国各地の漁師に取材した「ニッポンの凄腕漁師」シリーズがあり、これも人気番組の一つになっている。’24年のお正月に放送される過去作は「真冬の激闘!ニッポンの凄腕漁師2016」。こちらも、ズワイガニと毛ガニの徹底比較、カツオの一本釣りに密着など盛りだくさんの内容なのでお楽しみに。

しかし、今回放送の「洋上の激闘!巨大マグロ戦争2023」を見ると、現在の日本のテレビ屈指の特番シリーズとなったのも納得の取材の厚みに、改めて感嘆する。当たり前の話だが、沖に船を出せば、すぐに巨大マグロが釣れるはずはないのである。船は何度も出て、カメラを持ったスタッフもそのたび同乗する。その間は、いつ「あっ、浮きが沈んだぞ!」となるか分からないから、常に臨戦態勢。なかなか魚影を見つけられなくても、「今日のところはお先に失礼しまーす」と帰らせてもらうわけにはいかない。漁師が帰港を決めるまでは付き合い続ける。その間に、テープを一体どれだけの時間回したのか(しかも密着する対象の漁師は複数人)を考えると…想像を絶する。

つまり「巨大マグロ戦争」シリーズの、長時間でも全く飽きさせないコクのある厚みは、二重の粘りから成り立っている。ソナーなど最新のテクノロジーを駆使しつつ、長年の経験と勘でマグロの群れが訪れる漁場を探して待つ、漁師の粘り。そして、「密着するのはこの人だ」という思いで懸け、一緒に船に乗って引きが来るのを待つ、スタッフの粘り。まさに一蓮托生(いちれんたくしょう)。だから、いざマグロが針にかかったと分かってからの緊迫感は、どの漁師とカメラの場合でもすさまじい。大きなマグロほど、すぐには降参してくれない。海中で暴れに暴れ、テグスを複雑に絡ませる。漁師は、そんなマグロが疲れてくるのを慌てずじっと待ち、一気にテグスを巻き取るタイミングを見計らう。手に汗握る膠着(こうちゃく)状態。

キューバの海での老漁師と大カジキの闘いを描いたアーネスト・ヘミングウェイの代表作「老人と海」。ノーベル文学賞受賞の理由となった、“簡潔に漁の一部始終を描写していく文章からあふれ出る力強い美しさ”は、決して誇張されたものではないのだと、この番組のカメラが雄弁に教えてくれる。

でも、漁師とスタッフのカメラは一蓮托生な関係にあっても、マグロと格闘する間は一体ではない。むしろ緊張した関係になる。漁師は海の中のマグロに完全に集中するが、スタッフはその漁師の姿、真剣な表情、次の手の動きを撮ることに集中する。釣っている間はお邪魔にならないように…と遠慮して離れたりしてはいけない。しかし、欲張って近づき過ぎてテグスを切ってしまうなど、漁師とマグロの闘いを台無しにする失敗も絶対に許されない。そこにあるのは、“漁師対マグロ”に“対カメラ”が上乗せされた、壮絶な三すくみの勝負の図式だ。

そうして、やっと海面に浮かび上がってくるマグロの大きさ…! ここはもう、説明不可能というか、本当にすごいスペクタクル映像なので、「見てください」と言うのみ。で、釣り上げた時には「はーっ、やれやれ」という感じで、漁師とカメラが一緒にホッとしているのが伝わってくる。そこがまた感動的だ。

ここまで、ドキュメンタリー番組としての面白さに力を入れたガイド文にしてきたが、「巨大マグロ戦争」シリーズには、さらに大きな存在意義がある。漁業は、学校で学んだ通り産業分類では第一次産業にあたる。第一次産業である漁業や農業は、日本人の食を支えているにもかかわらず、就業者の割合は減少傾向にある。町で暮らす人にとっては距離が離れ、なじみの薄い産業になって久しい。魚と聞いてもスーパーで売っている切り身しか思い浮かばない子どもが増えている、と報じられてから、もう何年も経っている。

そんな停滞した話ばかり伝わってくる第一次産業だが、現場では「こんなにカッコイイ仕事なんだぞ!」と、このシリーズは胸を張って教えてくれる。アスリートと同じぐらい、職業としての漁師を魅力的に感じる子どももいれば、魚が食卓に運ばれるまでにどれだけの汗と苦労があるのか、改めて考える大人もいるだろう。この番組のスタッフは、粘り強く撮ったものが視聴者の心に真っすぐ届くことを迷いなく信じ切れている。

「巨大マグロ戦争」シリーズは、日本の将来のためにも、ぜひファンが増えてほしいし、続いてほしい。もはや、これだけのことを言っても大げさに聞こえない番組になっている。


若木康輔(ライター)

ページの先頭へ

2023.11.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第155弾!!
アクロバティックな男子新体操の世界を、迫力満点に描く

‘23年はWBC、アジア競技大会、ラグビーワールドカップとスポーツの国際大会が盛り上がった年。メジャーリーグでの大谷翔平、イギリスのプレミアリーグでの三笘薫と、海を渡った日本人選手の大活躍もあった。そんな今年を締めくくるのにふさわしいアニメが、男子新体操の世界を描いた「映画 バクテン!!」だ。

主人公の双葉翔太郎は、蒼秀館高校(通称アオ高)入学と同時に男子新体操部へと入部。全くの素人からスタートし、練習を重ねて団体戦のメンバーとなり、仲間と共に地区大会を勝ち抜いていく。その物語を描いたTVシリーズの続編となるこの映画版では、翔太郎たちアオ高男子新体操部が、いよいよ全国の強者が集うインターハイに挑戦する。

男子新体操は、意外にも日本発祥の競技だという。マイナースポーツではあるが国内に1300〜1500人の競技人口と言われ、現実でもインターハイの正式競技となっている。女子新体操とは違ってタンブリング(宙返りなどのアクロバティックな動き)が認められ、力強くダイナミックな演技が特徴だ。

「映画 バクテン!!」では本物の競技者によるモーションキャプチャーを用い、体操における複雑な人体の動きをリアルに再現。さらにカメラワークも迫力満点で、1人の選手を思いっきりアップで映したかと思えば、次の瞬間にググッと遠ざかって、全体の動きを俯瞰で捉える。超小型のドローンが選手それぞれに付いているかのような映像で、これはアニメだからできること。演技のシーンだけでも一見の価値がある。

6人の選手が一体となって演技するのが団体戦。アオ高の場合は3年生3人、2年生1人、1年生が翔太郎を含めて2人という構成となる。熱血タイプのキャプテン、知的で冷静な副キャプテン、任侠映画が大好きなヤンチャな2年生と、先輩たちは個性豊か。そして、翔太郎と同学年には中学新体操界のエースと呼ばれた、もう1人の主人公・美里良夜がいて、この6人が織りなす青春ドラマも、本作の見どころ。特に3年生は卒業の時が刻一刻と迫り、かけがえのない時間を過ごしているのが伝わってくる。スポーツに打ち込む高校生たちの真っすぐな思いを、正面から描いているのが素晴らしい。

キャストに目を移すと、爽やかな声が魅力の翔太郎役・土屋神葉は’16年声優デビューの若手ながら、「群青のファンファーレ」や「青のオーケストラ」などの青春アニメでメインキャストを務めている注目株。その周りを石川界人、小野大輔、近藤隆、下野紘、神谷浩史ら実力派が固めるというぜいたくな布陣だ。さらにドラマに深く関わるライバル校側には、村瀬歩、小西克幸、鈴村健一、杉田智和と、これまた豪華な顔触れが並んでいる。

少しだけストーリーを明かしてしまうと、インターハイでの奮闘を描くだけでは終わらないのが本作。むしろその先のドラマに、大きな感動が待っている。寒さが増す季節、新体操男子たちのピュアな青春を堪能して、心を思いっきり温めてほしい。


鈴木隆詩(ライター)

ページの先頭へ

2023.10.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第154弾!!
LiLiCoワールド全開! 全編カバーで彩られた音楽番組、待望の第2弾

映画・チャンネルNECOのオリジナル音楽バラエティー「全力!ゴールデンCOVERS」。プロのシンガー&U18の歌うまキッズが、昭和・平成・令和を彩った名曲カバーに挑戦する好評企画だが、その前身となったのは、大人顔負けの歌唱力を誇る子どもたちにスポットを当てた「がんばれ歌うまキッズ!全力COVERS」だ。

担当プロデューサーは「“CSでの素人の歌番組”という、他のCS局がやっていないジャンルへの挑戦は正直不安だった」と当時を振り返るが、“プロではない小学生が昭和の名曲を歌う”企画は思いの外反響を呼び、続編の制作が決定。タイトルをリニューアルし、歌うまキッズ+プロのシンガーという新たな陣営で「全力!ゴールデンCOVERS」がスタートした。

この番組におけるMCの仕事は、単なる司会進行にとどまらない。視聴者の「この人にこの歌を歌ってほしい」というリクエストを踏まえながら、選曲や歌い手の人選、アレンジの提案まで行う“レコーディングプロデューサー”の役目も担う。つまり、MCのセンスが番組の面白さに直結する(大げさ?)だけに、その責任は重大なのだ。

また、MCが毎回変わるのもコンセプトの一つ。今回、前MCの関根勤からバトンを引き継いだのは、映画コメンテーター、アニメの声優や俳優、ナレーションとマルチに活躍するLiLiCo。そんな彼女が、自らの人脈を駆使して招集したのは、荻野目洋子、城南海、新浜レオンら、バラエティー豊かな面々。その中にはなんと、日本を代表するジャズボーカリストにしてフリューゲルホーンプレーヤーのTOKUの姿も! 世界を股に掛けて活躍するミュージシャンが、CSの音楽バラエティーで久保田利伸や高橋真梨子のカバーに挑戦するという夢のような企画が実現した(LiLiCo姐さん、ありがとう!)。

他にも、 “ゴールデンディーバ”こと、U18の歌うまキッズによる昭和・平成の名曲メドレーや、アカペラグループ8Lawのビートルズメドレー、城南海×新浜レオン、新浜レオン×LiLiCoの濃厚デュエットなど、見どころは盛りだくさん。誰もが一度は聞いたことがある、元気が出る楽曲のオンパレードで、2時間があっという間に過ぎていく。地上波で人気のカラオケ番組とはひと味違った楽しみ方が見つけられるはず。LiLiCoワールド全開の「全力!ゴールデンCOVERS 2」、皆さまもぜひご一緒に♡


細田ゆり(ライター)

ページの先頭へ

バックナンバー





ご注意

お使いのAndroid標準ブラウザではこのサイトを閲覧することができません。
以下の推奨ブラウザをお使いください。