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2020年5月25日(月)

《ぴあ×チャンネルNECO》強力コラボ 【やっぱりNECOが好き!】更新しました!

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第113弾!!
“悪役”ではない“悪人”を描いた、白石印のピカレスクロマン

やくざやギャング、アウトロー。社会のルールから外れた彼らが主人公の映画を見ているうち、ひょっとしたら彼らほど仕事熱心で、活動的な者たちもいないのではないか…と倒錯した感嘆に襲われた経験がないだろうか。僕は何度もある。現実では付き合うのはちょっと…なはずなのに、映画の中の悪徳の世界に生きる彼らは、まぶしいほどに充実している。いつ殺(や)られるか撃たれるか、先に裏切るか裏切られるのか。昼も夜も臨戦態勢で、ひと時も気が休まらない。そんな姿であればあるほど、不思議にうらやましく映る。

人は誰でも、自分の欲求のまま生きられる場所にさえ恵まれれば、そこに全ての時間をささげて惜しくない望みが心の内にある。つまり、悪い奴らが闊歩する映画には実は、人生の理想を反映してくれる側面がある。だから痛快なのだ。

その典型が、アウトローが主人公の作品の4カ月連続企画〈闇の祭典ダークワールド2020〉の第一弾「日本で一番悪い奴ら」(’16)だ。北海道警察の刑事が銃の密輸、麻薬の横流しなどに手を染めていたのが発覚した実際の事件を、その刑事本人が著した原作を基に映画化。猪突猛進であらゆる悪事を重ねていくさまが組織内のサクセス・ストーリーにもなっていく、ねじれた猥雑さに満ちた快作だ。

監督の白石和彌は、やはり実際の事件をモデルにした「凶悪」(’13)で注目され、「日本で一番悪い奴ら」で一躍、日本映画の第一線に躍り出た。2本とも日活の企画作品。’10年代の日本映画の特色の一つに、TV局が二の足を踏むような、尖った、アンチモラルな題材をあえて選んだ作品が、ファミリー層向け中心のメジャー作品の周辺を活気付ける図式が定着したことが挙げられる。そうした作品を多く送り出してきたのが日活で、白石自身が「TVでは無理でも映画ではギリギリ出来るところを常に狙っている。そこに自分の生きる道がある」と語る姿勢と時流が、この2本で見事にはまった。

しかし、悪徳刑事の転落のさまにエッジが効いているから痛快だ、だけでは済まない、ドロッとしたところが「日本で一番悪い奴ら」にはある。それが、独自のコクになっている。

白石和彌には、一度だけインタビューしたことがある。’18年の秋。 その時に意外だったのが「監督の映画やドラマは、悪い奴がイケイケの路線と、停滞した若者がもがく路線とに大きく分かれますね?」という僕の問いに対する答え、「僕は自分がイケイケだとは一度も思ったことがない」だった。

「(助監督時代が長くてデビューが遅く)俺はうだつがあがらない……という思いは実はまだ残っていますよ。『凶悪』の頃までは、これがダメなら地元に帰ろうと本気で考えていたから。停滞した気持ちのほうが僕はよく分かるんです」(「月刊スカパー!」’18年11月号)

よく考えてみればこの心境は、「日本で一番悪い奴ら」の主人公・諸星の前半の姿そのものだ。 「柔道だけが取り柄の」新人警官・諸星は、不器用な実直さが先輩のいびりの的にされ、ひたすらお茶を入れ、書類を書かされる毎日。白石演出のミソは、実はこの停滞の描写に時間をかけているところにある。だから諸星は、「エス」(スパイのエス=捜査協力者)を見つけて点数を稼ぐことをいったん覚えたら、もう止まらなくなる。銃をやくざやロシアから買い、麻薬を街に流し、遂には自分も常習者になっていく。

罪を犯せばドンヨリした状況を打破できるが、同じだけの苦しみが待つだろう。しかし、法こそは破らないが代わりに活力に欠ける人間と、どちらが真に生きたと言えるのか? 白石和彌は映画で常に、見る者に、自分に、のっぴきならない問いかけを突き付けている。

そんな白石映画のエッセンスを、綾野剛が憑かれたような熱演で体現しているのは「日本で一番悪い奴ら」の大きな見どころ。綾野はそれまで、イケメン男優のひとりに数えられる人気に甘えることなく、繊細な若者の役、卑劣で荒んだ男の役などなんでも演じてきた。そして前年の’15年、「コウノドリ」で連続ドラマ単独初主演を果たし、心優しき産婦人科医役で注目度を高めたばかりだった。

「日本で一番悪い奴ら」での狂犬ぶりとの振幅に、当時の僕等はずいぶん驚いたわけだが、それは別に綾野剛を、器用な、幾つもの役を演じ分けできる俳優だと見たからではない。諸星の根底には、自分を拾ってくれた警察組織の成績になることがうれしい、という物悲しいほどの実直さがある。だから何度も、死の危険がある渦中に飛び込む。「コウノドリ」の産婦人科医は、新しい生命を世に送り出す仕事の責任の重さをよく分かっている。だからいつも、おだやかな笑顔で妊婦に接する。

どっちも、ヒリヒリするほどの命の現場に向き合う男、という意味では同じなのだ。そこをしっかり捕まえているからこそ、綾野剛は産婦人科医に続いて悪徳刑事を演じ、両方を自分の当たり役にできた…と言い切っていいだろう。自分が演じるのは悪人になった(なってしまった)男であって悪役ではない、と深く理解していなければ、こんな演技はできない。

同じ6月に同企画で放送されるのは、〈やくざにならない自由〉を求めるチンピラの青春を描いた川島透監督の「チ・ン・ピ・ラ」(’84)、「ハワイアン・ドリーム」(’87)、〈任侠×グルメ〉のアプローチで話題を呼んだテレビ東京の深夜ドラマ「侠飯~おとこめし~」(’16)。「日本で一番悪い奴ら」とは違う趣きの作品ばかりで、アウトローの映画と一口に言っても、ここまでくるとかなり幅が広い。むしろ、ワルだからこそなんでもあり、なのかもしれない。


若木康輔(ライター)

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2020.4.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第112弾!!
ローカライズに成功した人気シリーズ。その魅力とは?

最近、日本のTVドラマ界では海外ドラマのリメイクが流行中だ。昨年は弁護士ドラマ「グッドワイフ」(TBS)、「SUITS/スーツ」(フジテレビ)とリメイクが続き、今年も「SUITS/スーツ」のシーズン2が4月から放送スタート。さらに、あの大ヒット・ノンストップ・アクション「24 –TWENTY FOUR-」もテレビ朝日でリメイクされることが発表されている。そんなブームのきっかけとなったのは、'16年からWOWOWで放送が始まった「連続ドラマW コールドケース 〜真実の扉〜」。すでに今年の冬にシーズン3の放送が控えているこのドラマこそ、海外ドラマのローカライズに成功した先駆けの作品といえるだろう。

アメリカ版の「コールドケース」は、「CSI:科学捜査班」シリーズのジェリー・ブラッカイマーが手掛けたクライム・ドラマのヒット・シリーズの一つで、'03〜'10年まで全米CBS局で放送された。アクション重視のクライム・ドラマが主流だった中で、このドラマは‟コールドケース“と呼ばれる未解決のまま時が経ってしまった殺人事件を、女性刑事リリー・ラッシュを中心とした殺人課のメンバーが再捜査により解決していくという異色の設定で、事件のミステリーが心の琴線に触れるノスタルジックな人間ドラマにフォーカスされるという、人情に訴える日本の刑事ドラマにも通じる作品だった。

また、本作は1話完結のエピソードで、基本的に同じ構成パターンが用いられていたのも印象的。例えば、冒頭に事件発生のシーンを描き、そこから現在に飛んでリリーたちの再捜査の様子がつづられる。事件の関係者が登場すると現在から過去の姿にフラッシュバックするカットが挿入され、実際にあった歴史的な出来事や事件を織り込み、当時の流行音楽を流すことで時代感が演出される。さらに、オープニングとエンディングに捜査資料を収めた箱が象徴的に映し出されるのが、番組のトレードマークとなった。

そんな黄金の方程式を踏襲して制作された日本版は、アメリカ版を知っている人なら「なるほど」と膝を打ち、知らない人も違和感なく楽しめる良作に仕上がっている。事件の背景となるのは50年代のGHQ占領時代、70年代の学生運動、'95年の阪神淡路大震災など日本の歴史や社会に関わるものとなり、当時を喚起させる音楽として日本人なら誰もがなじみのある洋楽・邦楽のヒット曲が使われる。例えば、シーズン1・第8話「ミレニアム」では2000年を迎える大みそか、モーニング娘。の「LOVEマシーン」が流れるミレニアムの夜にひき逃げ事故が起こり、16年後にその犯人が名乗り出て再捜査が始まる。そして、最後にはエルヴィス・コステロの歌う「She」をバックに、事件の裏にあった悲しい恋の物語がつまびらかにされるのだ。そんなふうに「コールドケース」らしさを取り入れながら日本色も打ち出すバランスの良い世界観で語られるエピソードは、どれも観る者の心に深い感動と余韻を残していく。

また、海外ドラマでは「クローザー」「Major Crimes~重大犯罪課」など女性が捜査チームの先頭に立つ刑事ドラマは珍しくないが、日本ではまだまだ少数派。そんな中、吉田羊が演じる主人公の女性刑事・石川百合は視聴者の共感を呼ぶ存在として作品をけん引する力強さと魅力を放っている。さらに、彼女を支える捜査チームの面々も永山絢斗、滝藤賢一、光石研、三浦友和といった演技派俳優たちが勢ぞろいしたことで、アメリカ版に負けない絶妙なコンビネーションが生まれた。その他にも、海外ドラマといえば各話にさまざまな俳優たちがゲスト出演するのが恒例だが、本作も仲里依紗、門脇麦、ユースケ・サンタマリアやブレイク前の中村倫也、吉沢亮といった人気俳優が登場してくるので見逃せない。

このように日本版ながら、すでに自分の足で歩き始めたと言っていい「連続ドラマW コールドケース 〜真実の扉〜」。アメリカ版は7シーズン続いたが、日本版はどこまでシーズンを重ねていくことになるのか、今後のシリーズの成長が楽しみだ。


小酒真由子(ライター)

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2020.3.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第111弾!!
松井珠理奈不在のSKE48が一足早く訪れた、'18年夏のリアルタイムドキュメント

今年2月、松井珠理奈のSKE48からの卒業が発表された。

'08年のSKE48結成以来、グループを支え続けてきた1期生最後の1人にして、絶対的エースの卒業。メンバーもファンも誰しもがいつかは訪れると分かっていながら、まだしばらくは先のことだとも思っていたかも知れない“その時”が、ついにリアルな現実として迫ってきた。

そんな“珠理奈不在のSKE48”が一足早く訪れたのが'18年の夏であり、そのひと夏を主軸の一つとして描いたのが、同年10月に公開された「SKE48ドキュメンタリー映画 アイドル」である。

その年の6月に行われた「AKB48 53rdシングル 世界選抜総選挙」で、珠理奈は長年の悲願だった1位を獲得。地元・ナゴヤドームで初めて開催された総選挙での栄冠でもあり、同胞の須田亜香里が2位となるワンツーを飾ったことと合わせ、折しも結成10周年を迎えたSKE48のますますの快進撃を期待させる夏の始まりだった。

だが、その直後から珠理奈が体調不調によって活動休止。センターを務めた7月リリースのニューシングル「いきなりパンチライン」のリリースイベントをはじめ、全ての活動から離れることに。

イベントや音楽番組での「いきなりパンチライン」のセンターは須田が代役を務め、本家に負けじと気迫を見せつけるパフォーマンスを展開。珠理奈の穴を感じさせなかったばかりか、珠理奈の「いきなりパンチライン」とはひと味違った楽曲にも生まれ変わらせた。その実績が今年1月リリースの最新シングル「ソーユートコあるよね?」での初センターにつながったのであろうことは想像にかたくない。

映画ではそんな須田の奮闘や大役に臨むことになった葛藤のほか、珠理奈の活動休止で初めて1期生不在となった毎年恒例だった「美浜海遊祭」、中堅としてグループをけん引しつつある”台風の目”6期生の東京・赤坂サカスでの単独ライブ(くしくも当日は台風が近づき、雨の中での伝説のライブとなった)など、SKE48新時代への幕開けを象徴する出来事の数々を舞台裏の映像も含めてフィーチャー。いずれは訪れる“珠理奈が去ったSKE48”に向けたメンバーの意識を高めたであろう、熱いひと夏の光景が収められている。

'18年7月に映画の制作が正式発表されて以降も、10月の公開直前のタイミングまで、撮影や編集が行われていただけあり、公開時点で限りなくリアルタイムなドキュメンタリーとなっているのは、TV局制作ならではだろう。

公開当時には在籍していたが、現在では卒業しているメンバーも含め、さまざまな思いがあったであろう“あの夏”のSKE48を即時に記録として残した意義は大きい。そんなメンバーたちの姿や言葉を通して、「アイドル」というド直球なタイトルの通りの「アイドル論」にもなっている。

中でも、冒頭の高柳明音と同じ2期生の卒業メンバーにして今は母となった古川愛李とのシーンは、“アイドル”という一過性の存在の現在と未来を示している。

そんな高柳も珠理奈に先駆け、'19年10月に卒業を発表(今年3月に予定されていた卒業コンサートは昨今の情勢から延期となり、放送時点で開催されているかは未定)。'18年夏の出来事を経たメンバーの意識の変化が、珠理奈や高柳に卒業を決意させたのかと思いながら改めて映画を見ると、公開当時とはまた違った感慨がよぎる。


青木孝司(ライター)

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2020.2.25

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第110弾!!
ちょいエロも楽しめる⁉ アカデミックな教養番組が爆誕

今回ご紹介するのは、映画・チャンネルNECOのオリジナル番組「着脱図鑑」。 “服装とは生き方である”という天才デザイナーであるイヴ・サンローランの言葉で始まり、さまざまな服の歴史や構造とともにその服の着せ方を少し、脱がせ方を懇切丁寧にじっくりと教えるという、かつてない教養番組である。つまり女性モデルを使って脱がせ方を実演して、見せてくれるのだ。ここ大事。

「着脱図鑑」は極めてアカデミックな内容であるため、服飾に興味のある方は服の歴史や構造を学ぶことができる。女性にとってはファッション番組として、知らない服や着こなしを知ることでオシャレのヒントにもなるし、コスプレーヤーの参考資料としても利用できてしまう。さらに本作は、女性が衣服を脱いでいくというちょいエロ番組として、男性は独りでこっそりと楽しむこともできる。もしかするといつか出会うかもしれない異国の女性と遭遇した時、役立つことがあるかもしれないし…、ないかもしれない。だが教養番組をそんな好奇な目で見ていいのだろうか?

いいのである。「着脱図鑑」のプロデューサーであるS氏は本作の企画意図についてこう語っている。「AVや成人向け映画でカラミのシーンはあるが、そこに至るまでの女性の服を脱がすシーンはあまりない。その部分を見たい男性もいるのではないか」と。

男とは因果な生き物である。例えば、ここに全裸の女性と服を着た女性がいるとしよう。男性なら全裸の女性に目が行くのは当然だ。ところが服を着ている女性が脱ぎ始めると、興味の対象が変わってしまう。そこには全裸というエロスへ向かっていく過程のスリリングな興奮があるのだ。脱ぐという行為自体に、エロスを感じてしまう男性から見ると、本作は十数分をかけたスローなストリップと言っても過言ではない(最後は下着ではあるが)。

さて、その第1回は“十二単”。“じゅうにたん”ではなく、“じゅうにひとえ”。十二単とは平安時代中期から始まる宮中での女性の正装のことで、おひなさまが着ているような着物を幾重にも着重ねた衣装のこと。「着脱図鑑」では、十二単とは正しくは“唐衣裳装束(あるいは“晴装束”や“女房装束”)”と呼ばれていたこと、実際には12枚とは限らず、多くの着物を重ねたものを指し、名称は後に付けられた俗称であることを教えてくれる。実に勉強になる。では、なぜ12枚ではないのに十二単なのか? その答えは番組中に明らかになる。さて、ここからが本題である。この総重量20kgに及ぶこともあるというよろいのような衣装をどうやって脱がすのか…? それは番組を見て、自身の目で確かめていただきたい。

第2回は“サリー”。魔法使いではなくインドやネパール、スリランカなど東アジア地域の女性が着ている民族衣装のこと。このサリーのすごいところは1枚の布であるということ。そもそもサリーとは細長い布という意味だという。さすがは人類史上最古の民族衣装で、5000年もの歴史を持つだけのことはある。サリーには金による装飾や刺しゅうがなされているそうで、嫁入りの時はそのまま持参金にもなるのだとか。スゴ過ぎるぞ、サリー。しかし、1枚の布ということは脱がすのも簡単で、あっという間に終わってしまうのではないか…という懸念があった。もしかすると日本の着物の帯のように、時代劇の悪い殿様が「よいではないか、よいではないか」と言いながらお姫様の帯を引っぱり、「あ~れ~」とくるくる回ってしまうアレになってしまうのではないか…? 一体どうなるのか、乞うご期待だ。

この「着脱図鑑」、オモシロちょいエロ真面目な番組ではあるが、衣服と女性に対するリスペクトはもちろん、語られる内容は服飾専門家の監修によるもので、歴史考証もしっかりと行われている。今後は西洋のドレスや韓国のチマチョゴリ、さらにはフィギュアスケートの衣装など幅広く取り上げていきたいという。

ところでプロデューサーS氏がこの「着脱図鑑」を作るきっかけとなったのは、「なぜ女性のドレスのファスナーは背中にあるのだろう?」という疑問だったようだ。自分では着脱しにくい位置にあるのは、なぜなのか。そのファスナーを下すのは、いったい誰を想定しているのか…。そこから、「ドレスの構造やコルセットの感触など、男性の知らない女性服について解き明かしていく番組」(S氏)が生まれた。「着脱図鑑」を教養番組として見るか、ちょいエロ番組として見るかはあなた次第なのだ。


竹之内円(ライター)

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2020.1.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第109弾!!
「ジャックナイフ」の切れ味健在! 千原ジュニア版・萬田銀次郎

グループ魂の名曲「竹内力」でも冒頭から連呼されるように、「ミナミの帝王」と聞いて最初に連想するのは泣く子も黙る竹内力の凶器的な顔面だろう。原作コミックが「漫画ゴラク」で連載を開始したのはバブル末期の’92年。連載は現在も続いており、’20年で29年目に突入。コミックスは既刊155巻を数える。そんな人気コミックが竹内を主演に据えてVシネ化されたのは、連載初期の’92年。瞬く間にレンタルビデオ店で高回転率となり、人気シリーズの仲間入り。二枚目路線から脱却した竹内の代表作となったのはご存じの通りだ。

だがしかし(意外と認知されていないが)、ここ10年、萬田銀次郎といえば千原ジュニアである。現在の実写版「ミナミの帝王」=「新・ミナミの帝王」はVシネマではなくスペシャルドラマ。関西テレビで年に1~2本ずつオンエアされており、年を追うごとにジワジワとファンを増やしている隠れた人気シリーズなのだ。

ワケアリなブラック客にも「トイチ(10日で1割の利息)」で金を貸す萬田銀次郎。これまで回収に失敗したことは皆無。その容赦のない取り立てに人々は恐れおののき、“ミナミの鬼”と呼ぶ。反面、大事な顧客が詐欺師たちから狙われた際には、「回収」の名のもとに救いの手をさしのべる義理人情に厚い側面も。決して勧善懲悪ではなく、毒を持って毒を制す。そんな銀ちゃんのダークヒーローぶりが見る者をスカッとさせてくれる。

さて、あまりにも竹内 “銀次郎”のイメージが強いため、千原“銀次郎”にアレルギーを持つ人も多々いらっしゃると存じますが、「くわず嫌いはもったいない!」と声を大にして言わせてもらいます。竹内扮(ふん)する初代銀次郎とはまた違った魅力が、二代目にはあるんですよ、奥さん! 今やバラエティー番組で温和なほほ笑みを浮かべるのが当たり前となったジュニアではあるが、ここには「ジャックナイフ」というあだ名で呼ばれていたあの頃の切れ味が大健在。感情を抑制しながら相手の目をじっと見据え、真綿で首を絞めるように少しずつ飲みこんでいくさまにゾクゾクしっぱなし!

たとえば第2話では、これまで萬田金融が回収に失敗したことがないというわさを聞きつけた男が、わざと10円だけ借りて新潟までトンズラし、場末のスナックで、「わしはあのミナミの鬼から金を踏み倒した。萬田銀次郎の顔をつぶしてやったんや!」と高笑いをする。そこにユラリと現れる銀次郎。トイチとはいえ、元金が10円なら延滞しても微々たるもの。大阪から新潟までの交通費だけで大赤字である。だが、そんなことはお構いなしとばかりにニヤリと視線を送り、底知れない恐怖を植え付けて相手の腰を抜かしてみせる。この大胆不敵な表情芝居こそが千原“銀次郎”の真骨頂なのだ。

一方、どっしり構える銀次郎に代わって、ハツラツとアチコチ奔走するのが若き舎弟の竜一。この竜一に扮するのが大東駿介だ。シリーズ開始当初はぎこちなさが伝わるタッグだったが、回を追うごとに関係性が深まっていくのがよく分かり、今では息もピッタリ。Vシネ版の舎弟は柳沢慎吾や山本太郎らさまざまな俳優が演じてきたが、ドラマ版は不動のタッグで10年間走り続けている。もはや大東演じる竜一は、もう1人の主役といってもいいほどだ。

時事ネタをふんだんに取り入れるのは、原作コミックやVシネ版と同様。未公開株詐欺やオレオレ詐欺、さらには下町ロケット的なエピソードまで、われわれにも魔の手がのびるかもしれない詐欺のカラクリを、分かりやすく解き明かしてくれる。スタート当初は36歳だったジュニアも40代半ばとなり、銀次郎の貫録も増してきた。千原“銀次郎”のさらなる活躍に期待だ。


奈良崎コロスケ(ライター)

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