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2022年8月24日(水)

《ぴあ×チャンネルNECO》強力コラボ 【やっぱりNECOが好き!】更新しました!

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第140弾!!
自然界のルールから外れた動物と、独身を通した男性の関係

「本人も…努力してますから」。主人公・澤江弘一さんが取材カメラに向かって訴える言葉に、つい吹き出した。「本人も」って。澤江さんが「努力」を代弁しているのは、片翼が折れてしまい、繁殖地のシベリアに帰れない一羽のオオハクチョウ。

富山県には冬が迫ると、越冬のため多くのオオハクチョウ、コハクチョウが飛来する。澤江さんは、特によく知られる飛来地・田尻池でハクチョウの姿の美しさを観察して楽しむうち、翼の折れた一羽が心配になる。そのオオハクチョウは、春になって旅立つ群れに取り残され、一羽きりで池で生きることになった。澤江さんは放っておけず、毎日エサをやりに通い出す。そしてすっかり入れ込んで、「本人も努力してますから」と後見人的な発言をするまでになる。その人柄のおかしさ、手放しの優しさ。

映画・チャンネルNECOでTV初放送となる「私は白鳥」は、’21年に劇場公開されたドキュメンタリー映画だ。もともとは富山のテレビ局であるチューリップテレビが’19年に製作・放送した番組で、これが評判を呼び、追加取材の映像を加えて映画となった。四季が移り変わってゆく北陸地方を舞台にした、飛べなくなったオオハクチョウと、そっと見守る男性・澤江さんの物語として、まずはとても魅力的な作品だ。

澤江さんの、オオハクチョウの生態を尊重しながらの行動を通して物語が進むので、「私は白鳥」はおのずと、しっかりと自然に対する節度を持った映画になっている。ハクチョウは、オスとメスの違いが専門家でもすぐには分からない鳥ということもあり、翼の折れたオオハクチョウの性差は明らかにせず、名前を付けていない点もミソ。ムリに擬人化したり、キャラに寄せなくても、人と生きものの物語は紡げる、と立証できているあたりは、子どもの頃に児童向け訳で読んだ「シートン動物記」を思い出させる。ところが、だんだんとその物語はある重みを増していく。

前半はとにかく、“ハクチョウ大好きおじさんのあったか奮闘記”という感じで、楽しいのである。オオハクチョウが慣れない日本の夏を乗り切るために、澤江さんが心を砕く悪戦苦闘のエピソードが続いて、どうしたって応援したくなる。

実際、澤江さんのハクチョウへの理解と愛情はすごい。あの大ヒット作「キタキツネ物語」(’78)の企画者として知られる獣医師の竹田津実でさえ、自著「北国からの動物記 ハクチョウ」(’07)の中で、観察しているハクチョウを一羽ずつ見分けられるようになるまでかなり時間がかかった、と書いている。なのに「あれはおハナちゃん、あの子は…」とたちどころに分かる澤江さんののめり込みぶり。

僕は以前、東北の冬の池で思いっきりハクチョウに太ももをかまれた。それ以来、この鳥には好感を持っていなかったのだが、澤江さんを見ていると、なれなれしく近づいたこっちの方が悪かった、ごめんね…という気持ちになってくる。そうして澤江さんの人の善さ、熱心さがにじんでくるほど、ハッピーな展開が期待されるようになる。(自分が番組の構成作家業を長年してきたから言うが)TVには、作る人も見る人もどちらもせっかちになり、取材した素材が良い物語になるよう、やや急いで求めてしまうところがある。

次の冬が来て、仲間たちがまた池に戻り、オオハクチョウの翼が完治して仲間と一緒に旅立てる日が来たら。これは長期取材ものとしては最高のエンディングだ。そうなるのを一番期待していたのは、澤江さんだろうし。

しかし、そうはならない。冬になり、仲間が池に戻ってくるが、再会はぎこちない。中には、まるでよそものを威嚇(いかく)するような態度を示すものもいて、じっと見ていた澤江さんも涙声でつい「やめてやめて、いじめんといてよッ…」と声に出してしまう。その後も、自由に遠くまで飛べないオオハクチョウと仲間たちは打ち解けず、次の年の春にはまた一羽だけ残される。

オオハクチョウには翼が折れる前に結ばれていたパートナーがいて、そのパートナーはなんとか一緒に行きたい様子で最後まで傍にいる。ハクチョウは群れではなくペアが基本単位で、映画の中で澤江さんも言っているように、パートナーとの関係は一生続くそうだ。だから、パートナーにとっても、翼の折れたオオハクチョウと日本に残るか、群れと行動するかの選択はのっぴきならない。その上で…パートナーは群れと一緒に行くことを選ぶ。自分の意志で繁殖地に帰らないという決断は、渡り鳥には許されていないのだ。

ずいぶんとストーリーを細かく書き進めてしまっているが、いわゆるネタバレにはなっていないのでご安心ください。「私は白鳥」は、ここからが本番。期待されるハッピーエンドにはならなかったところから、本格的な物語が始まっていくのだ。

翼は完治せず、もう富山の池や川で生きるしかなくなったオオハクチョウは、いわば、自然界のルールから外れた存在である。いつ命が絶えてもおかしくない。澤江さんはそのおきてをよくわきまえながらも、目の前の命を捨て置けない。ハクチョウファンの楽しみの延長だったオオハクチョウへのエサやりが、ずっと続く務めになる。

前半の、自然に対する節度ある作りが、ここから効いてくる。ハクチョウはあくまで野生動物。人間を信用せず、弱っている時ほどひとりになろうとする。澤江さんがまくエサは食べるが、澤江さんになつくことは一切ない。はっきり言ってしまうと、翼の折れたオオハクチョウと澤江さんの間に、なんらかの心の通じ合い、絆が生まれることはないのだ。

以前、登場人物全員がそれぞれ片思いを連鎖させていく連続ドラマがあったが、「私は白鳥」も、群れとの行動を選ぶパートナー←翼の折れたオオハクチョウ←なついてくれなくてもエサをやり続ける澤江さん←澤江さんの帰りをいつもひとりで待つ飼いネコと、せつないぐらいに“片思い”の構図ができている。

パートナーとずっとは一緒にいられない運命になり、1年の大半を一羽きりで生きるオオハクチョウを「自分を見ているような気持ち」で世話する澤江さんは、それ自体には大きな張り合いを感じている。また冬が来てパートナーとしばしの再々会を果たせたオオハクチョウを見て、澤江さんは「良かった、良かった」と呟く。でも、その表情はどこか寂しく、まるで失恋したかのよう。

そうなると作り手はどうしても、澤江さんが独身なのを無視できなくなり、一歩踏み込まざるを得なくなる。それはよく分かるのだが、ずっと独りでいることについて作り手が澤江さんに水を向けた時、僕はそれこそ「やめてやめて、いじめんといてよッ…」と思ってしまった。

僕もいい年をして、独身だからだ。それはもう、いろんなことを言われてきた。どこか人間的な問題、欠陥があるんじゃないのか、と周りから思われているとしても、逃げようがない。人は結婚して子どもを産み育てて初めて一人前だ、と強く言い切られたら、黙ってしまう。でも澤江さんは、ちゃんと答える。もちろん寂しさも込みで、今を受け入れていることを話す。

澤江さんの元々はお気楽だったハクチョウ・ウォッチング(当初は確かに独身中年のヒマつぶしの要素はあったかもしれない)は、いつのまにか、自分の合わせ鏡のような孤独なオオハクチョウと向き合い続ける日々となった。疲労は澤江さんの中にたまっていくが、見捨てない。野鳥はいつまでたってもなついてくれないからやーめた、にはならないし、なれない。

自然界のルールから外れた生き物は、いつ死んでも仕方ないのか? 独身・独居の人間は、社会のルールから外れた厄介者なのか? 二つの問い掛けが絡まり合いながら、「私は白鳥」は、生きるとは何かを問うところまで歩を進めていくのである。

ナレーターは、天海祐希。映画のナレーションを務めるのは初めてだそうだ。祖父母が富山の人で、子どもの頃は夏休みを富山で過ごしていたという。全国区の人気があるスターが、出身地であるローカル局の番組に快く出演する話は割とよくあるので、そういうご縁つながりはスンナリ想像できる。

‘21年の秋、TBSの報道番組「news23」に天海さんが出演して、独身を通す生き方について語った回は大きな反響を呼んだ。僕もこの日たまたま見ていて「結婚し、出産するのが当たり前と考える生き方が自分には無理だと分かった」といった話を、ハキハキとする姿に強い印象を受けた。踏ん切りをつけてからは、仕事にこれまで以上に打ち込めるようになった、とも話していたと記憶する。

恐らく、そんな天海さんの生き方・選択が、「私は白鳥」の深い部分と強く響き合ったのだろう。ナレーションは淡々としている。しばらくは声の主が天海祐希だと気付かないぐらいに。オオハクチョウと澤江さんの関係を伝えるには、そうした方がいい、と確信を持って淡々としている。「私は白鳥」を初めて見る方には、ぜひそこも含めて味わってほしい。


若木康輔(ライター)

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2022.6.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第139弾!!
登場人物全員が怪しい…近頃はやりの考察系サスペンス、出発点の傑作

昨今、人気を博している考察系サスペンスドラマ。その先駆けと言えるのが、’16年制作の「砂の塔〜知りすぎた隣人」だ。都心のタワーマンションで繰り広げられるセレブ妻たちの確執、それぞれに秘密を抱えた登場人物…そんな中で起きた連続幼児誘拐事件の犯人は一体誰なのか?

脚本は、池田奈津子によるオリジナルストーリー。ダークサスペンスを得意とする彼女ならではのスリリングな展開が秀逸。その後、池田はゾンビサバイバルドラマ「君と世界が終わる日に」でも話題を呼んだ。

本作で描かれる、恐怖のタワマンコミュニティー。高層階と低層階、どちらに住んでいるかでヒエラルキーが決まり、ボスママの機嫌を損ねれば徹底的にいじめ抜かれる。タワマンの住人の皆さんって、そんな過酷な戦いの中で暮らしているのかと、タワマンとは絶対に縁がない人間としては邪推させられるほど赤裸々な描写が続く。

菅野美穂演じる主人公・亜紀は、ボスママから嫌がらせの集中砲火を受けて神経をすり減らしていく。ボスママめ、許さん! おいおいしっぺ返しを食らうんだろうなというフラグ立てまくりで、早く先が見たくなる。ボスママ役の横山めぐみが、視聴者の憎悪を一手に引き受ける本領発揮の演技を披露。もはや職人技と言えよう。

亜紀を何かと助けてくれるのは、上階に住む弓子。実は、とんでもない裏の顔を持っていて、ボスママより怖い存在だった! 得体の知れない氷の微笑を見せる松嶋菜々子、不気味で最高です。

正直キッツい話だけれど、癒やし枠もちゃんとあります。亜紀を初恋の人と慕う航平。亜紀に寄り添う年下の男を演じる岩田剛典の優しい笑顔に癒やされる…癒やされていいんだよね? 航平くん、信じてるから!

佐野勇斗と稲垣来泉が演じる亜紀の子ども2人は、お母さん思いでとっても良い子たち。今や人気俳優となった佐野の、まだあどけない表情にほっこり。稲垣の無垢(むく)な愛くるしさにキュン♡ まさか、あなたたちは裏切らないよね? でも、気になる動きをちらちらと見せられて、深読みしてしまう。ちなみに、佐野は’21年制作「真犯人フラグ」で事件のカギを握る青年を好演。本作では、その片りんがうかがえる。稲垣は、現在放送中の「オールドルーキー」で成長した姿を見せている。2人とも大きくなったね! おばさん、うれしいよ~。

そしてもちろん、何といっても菅野美穂。明るく人の良い主婦という表の顔に隠された複雑な心情を演じる彼女の演技に引き込まれ、視聴者も混乱の渦に巻き込まれていく。菅野にとっては、このドラマが出産後初主演作。実生活で母となって間もない時期に、子どもが脅かされる女性の役に挑むところに演技者としてのすごみも感じる。

主題歌は、THE YELLOW MONKEYがドラマのために書き下ろした「砂の塔」。謎が深まるラストに流れるとゾクゾクしてくる、ドラマティックで魅惑的なロックだ。

誰もが怪しい疑心暗鬼に満ちた物語を手掛けたのは、演出の塚原あゆ子。’21年制作の「最愛」でもその手腕は高い評価を受けた俊英だ。現在のドラマ界のトレンドを導いた傑作。SNSで話題になっていたのを知りつつ未見の方もいることだろう。この機会に、どっぷりハマっていただきたい。


伊沢晶子(ライター)

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2022.6.24

ぴあ×チャンネルNECO強力コラボ連載第138弾!!
人間と家族の暗黒面をえぐり出す! 中島哲也監督の“バケモノ”級ホラー

日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智の小説「ぼぎわんが、来る」を映画化した本作は、邪悪な“何か”に取りつかれた人々の壮絶な運命を描くホラー映画だ。しかし、見るからにおぞましいモンスターや悪霊が攻撃を仕掛けてくる典型的なホラーとは、明らかに恐怖の質もベクトルも異なっている。そのキーワードは、“姿なき脅威”と“心の闇”だ。

これが本格的なホラー初挑戦となった中島哲也監督は、恐怖の根源となる“何か”の姿形を直接映さず、見る者が持つ怖いもの見たさの想像力をかき立てながら、ごく平凡な日常の中に起こった不条理な怪異がエスカレートしていくさまを映像化。その一方で、外見からはうかがい知れない登場人物たちのゆがんだ内面に切り込み、人間という生き物の弱さや愚かさを容赦なくえぐり出していく。とりわけ理想の家族を築くことを夢見て、完璧なイクメンぶりをアピールする主人公、田原(妻夫木聡)の意外な二面性が、じわじわと暴かれていくストーリー展開が恐ろしい。これまでも「告白」などで人間の悪意、憎悪といったネガティブな側面を追求してきた中島監督の志向が、ホラー・ジャンルでも遺憾なく発揮され、見る者を“心の闇”という得体の知れない恐怖の深淵へと誘っていく。

前述した妻夫木のみならず、豪華キャストがセルフイメージを覆す異色の役どころに挑んでいる点も見逃せない。ニヒルなオカルトライター役に岡田准一、育児ノイローゼに苦しむ田原の妻役に黒木華、さらに日本最強の霊媒師とその妹であるキャバクラ嬢役に松たか子と小松菜奈。三つの章で成り立つ本作は、チャプターごとに物語の視点ががらっと変わり、それぞれのキャラクターの見え方も変化していくユニークな構造になっている。

そして、ビジュアル面においても中島ワールドが全開だ。突如さく裂するショッキングな猟奇描写、悪夢のようなサブリミナル的イメージが見る者を戦慄させてやまない映像世界は、ひたひたと迫り来る強大な“何か”との最終決戦へと突き進んでいく。とある団地に日本全国から大勢の霊媒師らが集結するそのクライマックスでは、映画史上かつてない壮大なスケールの“おはらい”の儀式が繰り広げられるのだ!

人間や家族のダークサイドに迫ったテーマ、おどろおどろしくもスタイリッシュな映像感覚。その両面でホラーの既成概念を突き破った本作は、見る者の視聴覚を刺激するだけでなく、暗黒の恐怖が心までも侵食してくる。まさしく映画そのものが“バケモノ”級の衝撃作と言えるだろう。


高橋諭治(ライター)

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