| 時は11世紀末(『射雕英雄伝』より、およそ1世紀半ほど昔)。北宋と遼の国境に横たわる険しい山道を、契丹人の夫婦を乗せた馬車が通りかかった。女の腕には生まれたばかりの息子が抱かれている。突然、彼らの前に黒装束の漢人たちが立ち塞がった。襲われた理由も分からず、だが妻子を守るため全力で応戦する男だったが、多勢に無勢、妻の胸に敵の刃が深々と突き立てられた。 | ![]() |
| 男は妻子を失った悲しみに戦意を喪失、岩肌に遺書を剣で刻んだのち、妻子の亡骸を抱いて崖から身を投げた。だが、落ちてゆく途中、息子が無傷であることを知って、その小さな身体を岸壁に向かって投げ上げた…。 | ![]() |
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30年後、1人の書生風の若者が、雲南の無量山を散策していた。大理国の皇帝の甥 段誉(だんよ)である。学問を愛し争いごとを好まない段誉は、段家家伝の武術の修得をかたくなに拒んで家出したのだ。しばらく進むと、山間に建つ剣湖宮で、無量剣派と他の門派が闘っていた。思わず仲裁に入る段誉だったが、逆に男達に囲まれてしまう…。 同じ頃、『丐幇』(義侠を尊ぶ物乞い集団。射雕英雄伝で登場した洪七公は、後の丐幇幇主)の幇主である喬峯(きょうほう)は、義を重視し腕も立つため丐幇の人々から信頼されていたが、あるとき突如大規模な謀反に巻き込まれる。身の潔白を証明しようとするが、その手立ては全て何者かによって先手を打たれ閉ざされていくのであった。 少林寺の僧・虚竹(こちく)は、いまだ修行中の坊主。ひょんな事から心ならずも逍遥派武術の最高峰の内功を身につけてしまう。仏心高い虚竹であったが、その内功ゆえに少林寺の戒律に反することを余儀なくされて苦悩する。 3人はそれぞれ別々の道を歩んでいたが、あるとき偶然出会い義兄弟の契りを結ぶ。 そして、その3人の過去に秘められた謎はそれぞれ一つの出来事によって結びついていくのであった。 |


