コラム

BIG3(後編)

 前回に続いて「青春歌謡 BIG3 2014」の後篇は、舟木一夫、西郷輝彦、三田明に橋幸夫も加えて、「御三家」「四天王」と呼ばれた4人の"不思議な縁"や、後輩・三田&西郷が先輩・舟木に寄せる想いなどを綴ってみたい。


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■呼び方は「舟木さん、輝サン、アキちゃん」■

本題に入る前に、月刊「歌の手帖」7月号に3人のインタビューが載っていて、面白いクダリがいくつかあるので、読んでいない方のために紹介したい。まず、3人が今それぞれをどう呼び合っているか。舟木は「輝サン」「アキちゃん」、西郷は「舟木さん」「アキちゃん」、三田は「舟木さん」「輝サン」。舟木によると、当時はデビューが3日早いだけでも先輩は先輩だったため、歌手の世界でも先輩・後輩のケジメをつけるクセがあるのだが、今の3人は先輩・後輩の感覚ではなく"歌仲間感覚"だという。
 こんな質問もある。当時、お互いの歌で「俺が歌いたかった歌」を聞かれて、舟木は西郷の「涙をありがとう」と三田の「若い港」。西郷は舟木の「君たちがいて僕がいた」で、三田は西郷の「チャペルに続く白い道」と舟木の「学園広場」を挙げた。西郷は「潮風が吹き抜ける町」を出した時、最初は自分の新曲ながら「これ、俺じゃないよ、舟木さんだよ」と思い、玉置宏も「西郷くん、これはいい歌だよ。でも舟木くんが歌ったら、もっといいかもしれない」って言われたそうだ。

■舟木、三田、西郷は8か月の間のデビュー■
 
改めて3人の簡単なプロフィルを振り返っておくと―。
☆舟木一夫。1944(昭和19)年12月12日、愛知県一宮市生まれ。1963年6月5日、「高校三年生/水色のひと」(コロムビア)でデビュー。O型。69歳。
☆三田明。1947(昭和22)年6月14日、東京都昭島市生まれ。1963年10月10日、「美しい十代/千羽鶴」(ビクター)でデビュー。AB型。67歳。
☆西郷輝彦。1947(昭和22)年2月5日、鹿児島県鹿児島郡谷山町(現・鹿児島市)生まれ。1964年2月15日、「君だけを/ひとりぽっち」(クラウン)でデビュー。A型。67歳。
 この3人に1960年7月5日に「潮来笠」でデビューした橋幸夫(1943年5月3日生まれ、71歳)を入れて、橋・舟木・西郷で「御三家」、橋・舟木・西郷・三田で「四天王」ともてはやされた。前回のコラムにもあったように、3人はレコード会社同士の競争の中でしのぎを削ることになるわけだが、ビクターとしては先輩格の橋を御三家のトップに持っていきたかったから特に力を入れた。同じレコード会社だった三田の存在が3人に比べて薄くなったのには、そういう事情もあった。

■橋幸夫が「舟木一夫」になっていたかも...■

この4人は実は"不思議な縁"で結ばれている。今回のコラムはBIG3について綴るのが目的だが、橋と舟木の"縁"について若干触れておきたい。橋幸夫が舟木一夫になっていたかもしれないという知る人ぞ知る話がある。最初は遠藤実の門下生だった橋にコロムビアのオーディションを受けさせたが不合格になった。当時、コロムビアの専属だった遠藤は「なぜ橋君の魅力が分からないのか」と、自分の手から離れることを覚悟でビクターを受験させたら合格。それで、ビクターの専属だった吉田正に預けられることになった。
 コロムビアに合格していれば、遠藤が温めていた芸名「舟木一夫」を橋に与えるつもりだった。橋には叶わなかったが、後に舟木に「名前はどうすればいいですか」と聞かれた際、遠藤は即座に「舟木一夫だよ」と答えるほど大事な名前だった。もっとも、舟木によれば、遠藤から示されたのは「舟木和夫」で、全部字がタテに細くてひ弱な感じがするので「和」を「一」にしたらどうかと提案したら受け入れられたという。いずれにしても、橋が「フナキカズオ」になっていた可能性は否定できない。

■"日本一の美少年"ともてはやされた三田■

ビクター・橋の「潮来笠」の大ヒットを見て、コロムビアは「向こうが"ハシ"ならこっちは真ん中を渡ろう」と中尾渉(なかおわたる)で売り出そうとしたが失敗。その後に上田成幸(舟木の本名)少年と出会った遠藤が、橋に果たせなかった夢を上田少年に賭けたという経緯がある。その意味では3年も先輩の橋に対抗して舟木をというより、舟木によって新たな青春歌謡をという意気込みのほうが強かった。今度はビクターの番。コロムビア・舟木の「高校三年生」の大ヒットを見て打って出たのは「ウチも青春歌謡で...」だった。
 三田明の登場だ。8人兄弟の末っ子の辻川潮(三田の本名)少年は中学生の時に担任の先生に勧められて音楽同好会を作った。のちに写真家・秋山庄太郎から「日本一の美少年」と呼ばれる辻川少年が文化祭で歌っていると、会場の女生徒から大歓声が挙がるほどの人気。弟の活躍を見た兄が勝手に応募した「ホイホイ・ミュージックスクール」に合格後、東洋企画プロダクションに所属することになり、ホイホイスクールと東洋企画の持ち物だったジャズ喫茶「銀座ACB」で歌の勉強を続けた。
 
■舟木の大ヒットを受け急きょデビュー!!■

三田に転機が訪れるのは、私立八王子高校1年だった1963年6月。三田から聞いた話によると、コロムビアから舟木がデビューするのを事前に察知したビクターが対抗馬を探していたが、舟木の「高校三年生」がいきなり大ヒットしたものだから三田に白羽の矢が立ち、すぐに東京・築地のビクタースタジオに呼び出された。そこでオーディションを受け、その2日後に吉田正に会うことになったが、その場でビクターとの専属契約が決まり、9月にレコーディング、10月にデビューするスケジュールが告げられたという。
 文字通りのトントン拍子。この時にはすでに学研の月刊誌「美しい十代」とのコラボレーション企画で、吉田作曲、宮川哲夫作詞の「美しい十代」も用意されていた。7月後半から8月までの2週間くらい吉田宅でレッスンを受けただけでデビューするという慌ただしさだった。ビクターにとっては、それだけコロムビア・舟木の大ヒットのインパクトが強かったということができる。デビュー曲のレコーディングは関係者以外シャットアウトで行われたこともあって、当時の新聞には舟木に対抗する"秘密兵器"と書かれている。
 
■コロムビアの"内紛"でクラウンが誕生■

三田はのちに玉置宏から意外な話を聞かされることになる。ある時、玉置は「ロッテ歌のアルバム」(TBS系)の田中敦ディレクターと一緒に舟木、西郷、三田の3人で「御三家」を作ろうという話になってコロムビア、クラウン、ビクターに打診した。しかし、レコード会社間の協定があって、ビクターから「そういう話なら橋幸夫でやりたい」という提案が出され、橋、舟木、西郷の「御三家」が誕生。三田を加えた「四天王」もこの時に生まれたのだという。
 話は少しさかのぼるが、実は舟木が「高校三年生」のレコーディングを終えた直後に、テレビ以外の家電製品に手を広げすぎて経営環境が急激に悪化していたコロムビア内部で"内紛"が勃発。当時の常務が中心になってコロムビアを抜け出してクラウンを設立し、北島三郎、小林旭、守屋浩、五月みどりらを引き抜いた。コロムビアに残った美空ひばりがお祝いに「関東春雨傘/だから涙はみせないよ」を"提供"するという太っ腹を見せたのもこの時だった。レコードジャケットには「クラウン」と書かれている。
 
■舟木一夫の路線で歌謡曲を歌ってほしい■

このクラウンの新人歌手専属第1号になったのが西郷。西郷こと今川盛揮少年は9歳の時に次兄が熱中症で死亡、15歳の時には釣りボートの転覆事故でジャズドラマーの長兄も亡くしている。このため、今川少年は衣装店の家業を継ぐより「一緒にバンドを組もう」と約束した長兄の遺志を尊重、歌手を目指して鹿児島商業高校在学中に家出。バンドボーイをしながら大阪、神戸、京都、名古屋のジャズ喫茶を転々とした後、東京・浅草のジャズ喫茶で歌っているところをスカウトされた。
 スカウトしたのはコロムビアのディレクターとしてクラウン立ち上げの準備をしていた長田幸治。西郷の著書「生き方下手」によると、16歳の今川少年がどんな曲を歌うのかと聞くと、長田は「それは歌謡曲だよ。ちょうど今、舟木一夫っていう人がすごい人気だろ。あの路線で君らしいものを歌ってほしいんだな」と言われ、西郷は「いや、それはちょっと...やっぱり今みたいにロックを歌っていたいのです」と答えると、「大丈夫だよ。一発当てれば、あとは君の好きなようにやれるようになるから」。西郷らしい受け答えだ。
 
■舟木の21年ぶりの紅白出場に嬉し泣き■

西郷から直接聞いた話によると、ヒット曲の連発だった西郷もやがて「自分がどこに立っているのか分からなくなり、人前に出るのが怖くなってきました」。グループサウンズの台頭などで存在感が薄れてきたころに、劇作家の花登筐に出会い連続ドラマ「どてらい男」(関西テレビ系)を演じたのがきっかけで森繁久彌にも見いだされて役者に転身することになる。「江戸を斬るⅡ」(TBS系)で遠山金四郎役に抜擢されてからは「声も完全に芝居役者に仕立てていきました」という。
 そんな折だった。1992(平成4)年の大晦日、"寒い時代"から復活した舟木がNHK紅白歌合戦に21年ぶりに出場、大合唱団を従えて「高校三年生」を歌った。自宅で母親とテレビを見ていた西郷は「嬉しくて嬉しくてポロポロ涙を流して泣いちゃいました」。そんな西郷を横で見ていた母親がバンッとテーブルを叩いて、「いいかげんにしなさいっ。ライバルじゃない!! あんたもちゃんとしないとダメだよって怒るんですよ」。それが転機の曲「別れの条件」を出すきっかけにもなったという。やはり3人は"不思議な縁"で繋がっている―。

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最終回
まとめ
役者(後篇)
役者(前篇)
BIG3(後編)
BIG3(前篇)
新曲(後篇)
新曲(前篇)
はじめに