コラム

新曲(前篇)


 

序章として、舟木一夫の2014(平成26)年前半の活動の一端をお伝えしたが、
本編の第1回として、今年6月18日に日本コロムビアから発売された
新曲「眠らない青春/恋人形」を中心に、
今の舟木一夫の歌への想いなどを綴ってみたい。


 
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■新曲は新たに作った曲ではない!?■

舟木にとって「新曲」とは新しい歌に違いはないが、必ずしも新たに作る歌というわけではない。2012(平成24)年1月に発売した芸能生活50周年記念曲「明日咲くつぼみに」(作詞・永六輔、作曲・久米大作)はかつて三波春夫が歌った曲をたまたまテレビの三波春夫特集番組を見ていて「これだ!!」と閃いた曲だった。以来およそ2年半ぶりにリリースした新曲「眠らない青春/恋人形」もいわゆる新曲ではなく、舟木の長いお客さんにとっては"懐かしい歌"のひとつになる。「眠らない青春」のほうは1976(昭和51)年8月に発売された舟木のオリジナルアルバム「レマンのほとり」の中に「想い出通り」「噂めぐり」「別れの部屋」などとともに収録されている1曲。舟木に詳しいお客さんの1人によると、舟木がステージで初めてこの曲を歌ったのは同年8月8日に大阪・御堂会館で開かれた後援会主催の「第一回ふれんどコンサート」だったという。「恋人形」も同じころに作ったものだが、これまでレコーディングはしていなかった。

 
 
 
■複数のペンネームで作詞・作曲■

アルバムを見ると、「眠らない青春」は「作詞・里中さとる、作曲・岩鬼まさみ」となっている。当時大人気だった野球漫画「ドカベン」(少年チャンピオン)に登場するドカベンこと山田太郎の仲間、里中智と岩鬼正美と同じ名前だ。まさかがまさかでないのが舟木流。案の定、舟木自身が漫画の原作者・水島新司に直接電話して「使ってもいいですか」と了解をとったのだという。水島からの返事は「一向に構いませんよ」だった。「あしたのジョー」(少年マガジン)の大ファンでもあった舟木らしいシャレといっていい。実は舟木は里中さとる以外にも何曲かを異なったペンネームで作詞・作曲している。最初が「残雪」の作詞・高峰雄作。舟木が作詞することを知った島倉千代子が「私にも是非作って!」ということになり、のちに作詞・高峰雄作で島倉にプレゼントしたのが「慕情はかなく」だ。このほか、「恋唄」では作詞・すずきじろう、アルバム「WHITE」では全曲で作詞&作曲・上田成幸(本名)が使われている。ちなみに、今年6月発売の「眠らない青春」は、「作詞・舟木一夫、作曲・川崎浩史」に変わっている。

 
 
 
■"寒い時代"の中で生まれた曲■

1976年8月というと、舟木31歳。ヒット曲もテレビ出演もほとんどない"寒い時代"あるいは"寒い季節"の足音が聞こえ始めたころで、その2年後からは毎年1、2枚のシングル、アルバムを出す程度で、表舞台から完全に姿を消すようになり、お酒も飲めないのに、毎晩、フォークソング・グループのメンバーらと朝まで遊び回るという日々が続いた。たまに仕事のお呼びがかかると、自らカラオケとハンドマイクを持って単身で現場まで駆けつけていた。一世を風靡した大スターの姿ではなかった。しかし、舟木一夫という歌手のすごいところは、そんなことがあっても他の仕事に転職するとか芝居に転向するなどという考えは微塵もなく、しかも「歌」を忘れることはなかった。というより「歌」から離れることができなかった。等身大の自作の歌を作っては後援会員のためのコンサートで披露、一方のお客さんも後援会を中心に決して舟木を見捨てることをしなかった。「眠らない青春」もフォークグループ「フリー・ランサー」のリーダーだったヒロこと川崎浩史と「誰が歌うということもなく、ここんとこの展開はこうしようなどあれこれイタズラしていて出来た曲」(舟木)だそうで、メロディーを先に作り、サビのところに取り掛かった時に2番の歌詞にある「逝く春の哀しさを胸深く抱きとめて...」というフレーズがぽーんと出てきて、その"痛さ"を全体に広げてマイルドな歌詞に直しながらまとめていったという。

 
 
■正直な思いが、そのまま歌詞に...■

有る時、演出家&作家の鴨下信一にステージの演出を依頼したのがきっかけで、鴨下から「ステージの意図をお客さんに正確に伝えるためには舟木君が全て自分で書いたほうがいい」という提案があり、舟木自身による本格的な作詞・作曲活動がスタート。そんな自作の曲のいくつかが1982(昭和57)年6月発売のアルバム「WHITE」に結実し、「WHITEⅡ」「WHITEⅢ」へと繋がっていった。「眠らない青春」をはじめ、このころに舟木自身が作った曲はいずれも「正直な思いをそのまま言葉にし、自分が思ったことをそのままメロディーに乗せていった」(舟木)もので、歌手・舟木一夫というより個人・上田成幸としての想いがより込められている。それだけに、舟木のお客さんの中には「WHITE」3部作に収められた曲が最も好きだという熱烈なWHITEファンが少なくない。その中のひとつ「みんな旅人」という曲には、短い言葉の中に「人生」、「男と女」がぎっしり詰まっている。機会があれば、より多くの歌謡曲ファンに聴いてもらいたい曲だ。
 

 
■求められるステージの戦力になる曲■

そんな歌の中から、新曲としてあえて「眠らない青春」と「恋人形」を選んだのはなぜか。そのヒントとして舟木は常々、こんなことを語っている。自分が歌うことの出来る残り時間を考えたら、「新曲」として今の舟木一夫に必要なのはヒットするかどうかということではなく、その曲を聴いたお客さんが「この曲ならステージの流れの中でちゃんと戦力になっている、しかも他の曲にいい影響を及ぼしているな」と実感するものでないと意味がないのだ、と。例えば、曲の構成の段階で、新たに抒情歌系の「恋人形」が仲間入りすることで、お客さんから多くの要望が寄せられながら、単独ではなかなか陽の目を見ることが少なかった同じ抒情歌系の「京の恋唄」などが映えてくることになる。それ以外にも、「恋人形」を間に挟むことによって、これまで入って来られなかった曲が入って来る。単純に戦力になるというだけじゃなく、他の曲に対してさまざまな影響力が出て来ることが重要なポイントになる。

 
 
 
■戻ってきてくれた男性客にも届けたい■

選曲には別の視点もある。舟木のコンサートのお客さんで最も多い年齢層は舟木より5歳くらい下の64、5歳、次いでほんとの同世代、4、5年前からは男性のお客さんが徐々に増えてきている。それも、新しいお客さんではなく、かつての舟木ファンだった男性が戻って来ている。自分が歩いてきた風景を振り返り、青春に対する後悔を含めて整理整頓の時期に差し掛かり、あの人にもう一度会って話してみたいという感覚が自然にコンサート会場に足を運ばせているのではないかとみられる。そういう意味では、40周年記念曲の「浮世まかせ」(作詞&作曲・上田成幸)も、50周年記念曲の「明日咲くつぼみに」もこれまでの道のりを振り返って総括するタイプの歌だったから、新曲は再び舟木の歌を聴きに戻って来た男性客の思いにも応えられるように、「もう少し時計を戻してみたらどうだろうか。かと言って、新しく書くと"ものわかりのいい詞"になってしまう」(舟木)ということで、「眠らない青春」をアレンジ(編曲)だけ変えて新曲にすることに決めたのだ。
 

 
■歌はアレンジ次第で別の歌になる!?■

アレンジはもともと杉村俊博にステージ用に作ってもらっていたものを原型にして、3月3日に杉村立会いのもと都内のスタジオで新たにレコーディングし直した。この日はオーケストラの伴奏だけを録音する"オケ録り"の予定だったが、横で聴いていた舟木が「朝から声の調子が良く、急に歌いたくなったので歌も入れたんです」。舟木のデビュー当時はまだ、歌手、作詞・作曲家、オーケストラなどが全員レコーディング室に集まり、歌と演奏を同時に録音(同録)していたが、それに近い景色が広がったように見えた。
 舟木はヒット曲の真髄をよくこういう言い方で説明する。作詞、作曲、編曲、そして歌い手の4角形が時代の中でぴったりと合った時に初めてヒット曲が生まれる、と。とりわけ、アレンジ次第でTシャツにミニスカートの女性から髪をアップにした和服姿の女性に変身するかのように、まったく別の歌になってしまう。新生「眠らない青春」を実際にステージで歌ってみるとスムーズに流れて、お客さんの受け止め方にもいい感触を得ているという。選曲が成功したという意味では舟木の考えが見事にヒットしたということになる。

 
 
 
■「日本の名曲たち」が本格的にスタート■

ところで、舟木が50周年を終え55周年を目指すという"宣言"をしてから、その目玉の一つに「日本の名曲たち」を歌い継いでいくことを挙げた。「名曲」といっても、昭和の歌謡曲といったククリにすると裾野が広がり過ぎるため、舟木が流行歌手になりたいと思って以降から影響を受けたものに絞って選曲していく。舟木自身は「自分が間に合った時代」という言い方をして、具体的には「ラジオから流れて来た歌で、聴いた覚えがある7、8歳ころからのものになる」という。その第一弾として、東京・新橋演舞場、大阪・新歌舞伎座、京都・南座、名古屋・中日劇場などの大劇場で開催するシアターコンサートで「遠藤実スペシャル」を組んだ。遠藤の七回忌に合わせての企画だ。二部構成の第一部に舟木のヒット曲、第二部に他の歌手の持ち歌である遠藤の名曲を並べて歌ったが、「舟木一夫という昭和の歌い手が、昭和の豊かな流行歌を、昭和といういい時代を味わったお客さまに聴いていただく」(舟木)という趣旨がお客さんにきちんと伝わって好評を博している。また、舟木の持ち歌以外の曲を聴くことで、改めて舟木の"歌の上手さ"を再認識する機会にもなっている。
 

 
■シアターコンサートの位置づけ■

通常コンサートでも「名曲」を取り入れているため、1月から5月までの計52ステージで歌った曲のうち、舟木の持ち歌が446曲だったのに対して、それ以外の曲が461曲あった(後援会事務局調査)。わずかに持ち歌の方が少ないにも関わらず、それがお客さんに受け入れられている。持ち歌以外でも満足されている歌手は極めて稀有な存在といえるかもしれないが、舟木自身は「ある時期はそういうことがあってもいいと思う」という冷静な受け止め方をしている。今後は「船村徹スペシャル」や「美空ひばりスペシャル」などの構想もあるようだが、美空ひばりの歌といっても、どの時代からのものを取り入れるかなどを含めて舟木はやや慎重で、スペシャルシリーズが興行的に確実に成立するかどうかをもう少し見極める必要があるという。もっとも、これが成功すると、流行歌の世界に新しいスタイルを打ち立てることになり、後輩歌手たちの参考にもなるという考えを持っており、注視していきたい。

 
 
 
■55周年に向け、ブルースを歌いたい■

舟木が55周年に向けて今最も大切にしているのは「積極的な意味での『現状維持』」。3年後に、今の声のまま歌っていられたら、そして、またその3年後も同じ思いで続けられたら、これ以上望むものはないということだ。そんな思いも含めて、舟木はインタビューの中で次のように話してくれた―。「やりたいことはゼロではないけれど、残り時間、体力、声をハカリにかけたらおのずと限界が見えてくる。今の形はここでいったん打ち止めにし、こういう歌を歌いたいといってこの世界に入った原点に立ち返って、向こう3年かけてブルースの匂いがする歌を5曲ぐらい出せればいいなと考えている。お客さまは今ならそういう思いも許してくれるかもしれない」

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最終回
まとめ
役者(後篇)
役者(前篇)
BIG3(後編)
BIG3(前篇)
新曲(後篇)
新曲(前篇)
はじめに