作品解説

『セブンソード』の梁羽生原作!映画を超える、質・量ともに最高峰の超絶アクションは圧巻!!

画像:メインビジュアル

2009年1月に惜しまれながらこの世を去った三大武侠作家の一人・梁羽生は1984年の断筆宣言まで精力的ま執筆活動をし続けた。

特に1960年からの10年間は全盛期と呼ぶに相応しい時代で、毎年少なくとも1作を上梓する驚異的なペースで作品を発表。本作「大唐游侠伝」はその真っ只中に発表された傑作小説である。

金庸ドラマスタッフが”武侠小説の開祖”全盛期の傑作小説に新たな命を吹き込んだ!

画像:夏凌霜と鉄摩勒

この原作の映像化に心血を注ぎ、新たな命を吹き込んだのは、これまでのチャンネルNECO「武侠ドラマ23」での放送作品「射雕英雄伝」「鹿鼎記」などでお馴染みのスタッフ達。

光と影にこだわった画面作りや秀逸なカット割り、象山などの絶景奇景での大掛かりなロケ撮影などをフルに駆使し、梁羽生の真骨頂である悲恋を中心とした物語を忠実に表現した。

しかし本作品は単なるラブストーリーではなく、いたるところで披露される超絶アクションのつるべ打ちは、近年の武侠ドラマのなかでも、質・量ともに最高峰といえる圧巻の出来。そのため本作品は本国でもストーリー、アクション共に高い評価を得ている。

あらすじ

 飛虎山の塞主・竇令侃(とう・れいかん)は、鉄摩勒(てつ・まろく)を連れて長安の玄関口、鶏鳴鎮のとある酒楼にいたが、とある女侠を待伏せするために酒楼を占拠した、安録山(あん・ろくざん)の手下である王龍客(おう・りゅうかく)達によって追い出される。

 そこに現れた女侠は襲撃を受け抵抗するが、王龍客の武芸は段違いで鉄摩勒の加勢があっても苦戦を強いられた。その場は竇令侃の機転によって難を逃れたが、女侠は名乗らずに去っていく。

  鉄摩勒と竇令侃は、”河間剣客”こと段圭璋(だん・けいしょう)に、飛虎山に突如やってきた強敵・精精児(せいせいじ)を倒すため、協力を要請するために旅をしていたのだった。

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原作者解説

梁羽生(りょう・うせい Liang Yusheng)

本名:陳文統
1924年4月5日広西省生まれ。

幼い頃より文学に親しみ、嶺南大学在学中に旧派武侠小説に魅せられ歴史や文学を学ぶ。1949年、香港の新聞社『大公報』に就職。当初は翻訳を担当していたが、後に記事執筆も行うようになる。1954年に香港・マカオで武術家同士の論争から公開対戦が行われたのを契機にその三日後、武侠小説『龍虎闘京華』を大公報社の娯楽紙『新晩報』で連載を開始した。これが、その後爆発的にアジア圏に広まった新武侠小説ジャンルの発端とされ、梁羽生は【新武侠小説の開祖】と呼ばれる。

三大武侠小説作家(梁羽生・金庸・古龍)の中で、梁羽生は金庸と同様に、歴史上の事実を巧みに創作作品に織り込むことで、リアリティの高い物語を描いている。また、西洋小説の影響を色濃く受けている金庸と異なり、民族の愛国主義的な思想が強く物語に顕われている。また、男女の間で揺れ動く恋愛感情の描写に長けているとの評価も高い。

1984年の断筆宣言を行うまで35作を執筆。「白髪魔女伝」(1993年公開)、「七剣下天山」(2005年公開「セブンソード」)は映画化され日本においても知名度も高い。

2009年1月22日、余生を暮らしていたオーストラリア・シドニーにて病没(84歳)。